元白応酬詩の感想

こんばんは。
前期もやっと終わりが見えてきました。

演習科目では、白居易と元稹との応酬詩を読んでいるのですが、
両者間の往還時間の長短が面白く感じられます。

今日は、白居易の「酬元九対新栽竹有懐見寄」詩(『白氏文集』巻1、0027)を読みました。
この作品は、次に示す元稹の「種竹并序」(『元氏長慶集』巻2)に応えたものです。

昔楽天贈予詩云、「無波古井水、有節秋竹竿」。予秋来種竹庁下、因而有懐、聊書十韻。
その昔、楽天が私に贈ってくれた詩に、「波無し古井の水、節有り秋竹の竿」とあった。私は秋よりこのかた、竹を役所の前に植えたが、そこで思うところあって、ちょっと十韻ばかりの詩を書いた。

昔公憐我直  その昔、貴方様は私の真っ直ぐなところをいじらしく思われ、
比之秋竹竿  そんな私を秋の竹の幹になぞらえてくださった。
秋来苦相憶  秋よりこのかた、このことがひどく思い起こされて、
種竹庁前看  竹を役所の前に植えてながめた。
失地顔色改  馴染んだ土地を失って、色つやも変わり、
傷根枝葉残  根を傷つけ、枝葉は無残にも損なわれてしまった。
清風猶淅淅  清らかな風は、それでもさらさらと音を立てて竹の周囲に吹きわたり、
高節空団団  高雅なる節は、むなしく真ん丸な形に結んでいる。
鳴蝉聒暮景  鳴きわめく蝉らは、夕暮れの景色の中でかまびすしく、
跳蛙集幽欄  飛び跳ねる蛙らは、ほの暗い欄干のあたりに群がっている。
塵土復昼夜  塵や土埃にまみれた俗世に、また昼がそして夜が代わるがわる巡りきて、
梢雲良独難  故郷の梢雲*1へは、実にとりわけ辿り着くことが難しい。
丹丘信云遠  昼夜となく光が照らす丹丘*2は、本当に遠いところにあって、
安得臨仙壇  どうしてそんな仙人たちの住処に臨むことができようか。
瘴江冬草緑  毒気ただよう長江では、冬も高温であるために草木が緑に茂り、
何人驚歳寒  そんな中で、冬の厳しさに打ち勝つ節義*3に誰が驚いたりするものか。
可憐亭亭幹  ああなんとも美しい、高々と伸びる竹の幹、
一一青琅玕  一本一本の青くきらめく琅玕*4。
孤鳳竟不至  つれあいを失った鳳*5は、とうとうここへやってくることはなく、
坐傷時節闌  私はなすすべもなく時節の盛りが過ぎてゆくのを傷むばかりだ。

元稹のこの作品は、元和五年(810)、江陵での作と推定されています。*6
その前年、元稹は非常に理不尽な理由で江陵府士曹参軍に左遷されました。
そういう状況下で、彼はかつて白居易が自分を竹になぞらえてくれたことを思い出します。
序文に示されたそれは、「贈元稹詩」(『白氏文集』巻1、0015)という作品で、
元和元年(806)の作と推定されています。*7

この「贈元稹詩」から元稹の「種竹并序」が成るまでの五年間、
元稹はずっと白居易のこの詩の言葉を胸中に抱き続けていたのでしょう。
そして、苦境に陥っては、日々自身の心の支えとしてきたのに違いありません。
それゆえ、身近なところに竹を植え、自身と竹とを重ね合わせつつ前掲の詩を詠じたのです。

ただ、気になるのは末尾の「孤鳳竟不至(孤鳳は竟に至らず)」です。
鳳凰は一対が基本、それなのにここは片方のみです。

鳳凰は、いつも心を一に、行動を共にしてきた元稹と白居易になぞらえられるでしょう。
では、その片方とはいずれを指すのか。

鳳凰は竹の実のみを食べます。
そして、本詩において竹は元稹に重ねられています。
すると、青き琅玕のごとき竹のもとへ竟に飛んでくることがなかった孤鳳とは、
白居易(の書簡や詩)を指すということになるでしょう。

元稹の「種竹并序」は、
心を許した親友の白居易に向かって、
自身の苦境を訴え、寂しい思いを吐露している詩であるように感じられます。

だからこそ、白居易は間髪を入れず、これに応酬したのでしょう。
冒頭にその詩題を挙げた白居易の応酬詩は、前掲の元稹詩と同年の作と推定されています。*8

2020年7月30日

*1 「梢雲」とは、竹を産する山の名。『文選』巻5、左思「呉都賦」に、「梢雲無以踰、嶰谷弗能連。鸑鷟食其実、鵷鶵擾其間(梢雲も以て踰ゆる無く、嶰谷も連なる能はず。鸑鷟は其の実を食べ、鵷鶵は其の間に擾(やす)んず)」、劉逵の注に「鸑鷟、鳳鶵。鵷鶵、『周本紀』曰、鳳類也。非梧桐不棲、非竹実不食。黄帝時鳳集東園、食帝竹実、終身不去(鸑鷟とは、鳳鶵なり。鵷鶵とは、『周本紀』に曰く、鳳の類なり。梧桐の非ずんば棲まず、竹の実に非ずんば食せず。黄帝の時 鳳 東園に集まり、帝の竹の実を食べ、終身去らず、と)」。李善注に「梢雲、山名。出竹(梢雲とは、山の名なり。竹を出だす)」と。
*2 「丹丘」とは、仙人が棲むという伝説上の場所。『楚辞』遠遊に、「仍羽人於丹丘兮、留不死之旧郷(羽人に丹丘に仍(したが)ひ、不死の旧郷に留まらん)」、王逸の注に「丹丘、昼夜常明也(丹丘は、昼夜 常に明るきなり)」と。
*3 「歳寒」とは、冬の寒さに屈しない強さをいう。『論語』子罕に「歳寒、然後知松柏之後彫也(歳寒くして、然る後に松柏の後れて彫(しぼ)むを知るなり)」に出る語。
*4 「琅玕」とは、玉に似た美しい石。竹の美称でもある。
*5 鳳凰は、伝説上の一対の鳥。竹の実のみを食べる。『詩経』大雅「巻阿」に「鳳皇鳴矣、于彼高岡。梧桐生矣、于彼朝陽(鳳皇は鳴く、彼の高岡に。梧桐は生ず、彼の朝陽に)」、鄭玄の注に「鳳皇之性、非梧桐不棲、非竹実不食(鳳皇の性、梧桐に非ずんば棲まず、竹実に非ずんば食せず)」と。前掲注*1も併せて参照されたい。
*6 花房英樹『元稹研究』(彙文堂書店、1977年)p.213、p.282を参照。
*7 花房英樹『白氏文集の批判的研究』(彙文堂書店、1960年)の「綜合作品表」、及び前掲注*6を参照。
*8 前掲注*7を参照。