浮き草が表象するもの(承前)

曹植の「浮萍篇」「閨情」詩で詠じられていた浮き草は、
曹丕も「秋胡行」(『藝文類聚』巻41)で次のように詠じています。

汎汎淥池 中有浮萍  汎汎たる淥池、中に浮萍有り。
寄身流波 随風靡傾  身を流波に寄せ、風に随ひて靡傾す。
芙蓉含芳 菡萏垂栄  芙蓉は芳を含み、菡萏は栄を垂る。
朝采其実 夕佩其英  朝に其の実を采り、夕に其の英を佩ぶ。
采之遺誰 所思在庭  之を采りて誰に遺らん、思ふ所は庭に在り。
双魚比目 鴛鴦交頸  双魚は目を比(なら)べ、鴛鴦は頸を交ふ。
有美一人 婉如青陽  美なる一人有り、婉なること青陽の如し。
知音識曲 善為楽方  音を知り曲を識り、善く楽方を為す。

ここに全文を引用したのは、
浮萍が、宮苑内での宴席風景の中に見えていることを示すためです。

このように、曹丕「秋胡行」における浮萍は、宮苑の一角を彩る景物のひとつであって、
曹植詩に見られたような、寄る辺なき境遇を表象するものではありません。

同じく庭園中の浮萍を詠じているのが、何晏の詩(『初学記』巻27)で、
根を失って各地を流浪する「転蓬」を詠じた後に、「浮萍」にこう言及しています。

願為浮萍草  願はくは浮萍草と為りて、
託身寄清池  身を託して清池に寄せんことを。
且以楽今日  且(しばら)くは以て今日を楽しまん、
其後非所知  其の後は知る所に非ず。

何晏は、曹丕・曹植兄弟とともに子供時代を過ごした人物です。
(『三国志(魏志)』巻9・曹真伝附曹爽伝の裴松之注に引く『魏略』)

そうすると、この当時、「浮萍」は実際に宮苑にあるもので、
この植物に対する曹植の意味付けは、彼独自の発想だと見ることができそうです。

すなわち曹植は、かつて共にあった曹丕も詠じた「浮萍」に、
『楚辞』の王褒「九懐・尊嘉」に詠じられた不遇な忠臣を重ね合わせて、
魏の文帝となった兄曹丕に納れられぬ、現在の自身の境遇を詠じたのかもしれません。

2024年6月14日