昨日の訂正

昨日、曹植作品の現存率は意外に高いのではないかと述べたばかりなのに、
もう翌日の今日、訂正です。情けない限りです。

『曹集詮評』巻8「前録自序」(『藝文類聚』巻55では「文章序」に作る)に、こうあります。

……余少而好賦、其所尚也、雅好慷慨、所著繁多。
雖触類而作、然蕪穢者衆。故刪定別撰、為前録七十八篇。

……わたしは少年の頃から賦を好み、その尊ぶものについては、平素から好んで口にしつつ感激し、自身が著したものも大量にある。
同類の事物に触れて作ったとはいえ、雑然と乱れているものが多い。だから、余計なものを削って本文を定め、分類して編集し、前録七十八篇とした。

ここに曹植自身が記している「七十八篇」とは、現存する賦作品の二倍近い数です。
また、趙幼文『曹植集校注』(人民出版社、1984年)にも指摘するとおり、
ここに「前録」という以上、必ずや「後録」があったはずです。

趙幼文が批判的に引いていた清朝の姚振宗『隋書経籍志攷証』*では、
「魏陳思王曹植集三十巻」に対して、非常に詳細な考証が為されていました。
よく読んで、顔を洗って出直したいと思います。

それではまた。

2020年1月31日

*『二十五史補編』(中華書局、1955年)第四冊、p.5709~5710に収載。