出自未詳の李陵詩(承前)

“あやしい”改め“出自未詳”の李陵詩について、昨日の続きです。
先に訓み下しのみを提示したその詩を、自分なりに訳出すれば次のとおりです。

01 晨風鳴北林  ハヤブサが北林に鳴き、
02 熠燿東南飛  羽を鮮やかに輝かせて東南に飛んでゆく。
03 願言所相思  思いを寄せるあの人のことを強く思うあまり、
04 日暮不垂帷  日が暮れたというのに帷を降ろすこともしていない。
05 明月照高楼  明月が高楼を照らしているのを眺めつつ、
06 想見餘光輝  あの方の光あふれんばかりのお姿を思い浮かべる。
07 玄鳥夜過庭  玄(くろ)き鳥が夜に庭を訪れて、
08 髣髴能復飛  あたかも再び飛び立つことができそうな様子だ。
09 褰裳路踟蹰  私は裳をかかげて路上で足踏みし、
10 彷徨不能帰  行きつ戻りつ、帰ることができないでいる。
11 浮雲日千里  浮雲は日に千里を飛ぶという、
12 安知我心悲  私の心が痛み悲しむことなど知りもしないで。
13 思得瓊樹枝  なんとか美しい玉の樹の枝を手に入れて、
14 以解長渇飢  それで久しく続いた飢渇の思いを解き放ちたいものだ。

この詩は訳しにくいです。その理由として、
この詩を詠じているのが誰なのか、はっきりしないということがまずあります。

たとえば、次の古典が踏まえられていることからは、詠ずる主体は男性だと判断されます。

01 『詩経』秦風「晨風」;鴪彼晨風、鬱彼北林。
             (鴪たる彼の晨風、鬱たる彼の北林。)

13 『詩経』衛風「木瓜」;投我以木桃、報之以瓊瑶。*1
             (我に投ずるに木桃を以てす、之に報ずるに瓊瑶を以てせん。)


ところが、次のような典故からは、その主体が孤閨を守る女性かと思わせられます。*2

03 『詩経』衛風「伯兮」;願言思伯、甘心首疾。
06 『文選』巻29「古詩十九首」其十六;独宿累長夜、夢想見容輝。

このように、詠み手の立脚点が浮遊するのは、
この詩のテーマが、詩人の内発的な強い動機に出るものではなく、
たとえば、遊戯的に作られた閨怨詩など、外発的な作品であることを物語っていそうです。

この詩は比較的新しいのではないかと感じたわけは、また改めて考えてみます。

それではまた。

2020年2月28日

*1 李陵詩との前後関係は不明だが、後漢の秦嘉「贈婦詩三首」其三(『玉台新詠』巻一)にも、『詩経』のこの句を踏まえた「詩人感木瓜、乃欲答瑶瓊」という表現が認められる。

*2 同じく李陵詩との前後関係は不明だが、西晋の陸機「為顧彦先贈婦二首」其二に「願保金石躯、慰妾長飢渇」という類似句が認められ、これと同じ文脈で考えるならば、その詠じる主体は女性だと見るのが妥当である。