考察の行き止まり
こんばんは。
曹植「贈白馬王彪」詩(『文選』巻24)第四章の末尾にいう、
感物傷我懐 生き物(ねぐらに帰る鳥、群れからはぐれた獣)に感じて我が心を痛め、
撫心長太息 胸をなでて長くため息をつく。
この上の句について、李善は「古詩曰、感物懐所思。」と注していますが、
この注が妥当かどうか、判断に困っています。
というのは、李善のいう古詩の句は、
『文選』巻27所収の古楽府「傷歌行」に次のとおり見えているからです。
感物懐所思 生き物(つれあいを呼ぶ春の鳥)に感じて恋しい人を思い、
泣涕忽霑裳 流れる涙がたちまち裳裾を濡らす。
ただ、このように古詩と古楽府とが混同される例は珍しくありません。
また、『藝文類聚』巻42には、本作品の一部を「古長歌行」と題して引く例もあります。
(『文選』巻22、謝霊運「遊南亭」の李善注にも「古長歌行」としてこれを引く。)
ですから、いずれにせよ、これが漢代詠み人知らずの詩歌であるなら問題はないと言えます。
ところが、『玉台新詠』巻2は、これを魏の明帝曹叡の「楽府詩」として収録しています。
そうなると、曹植詩が踏まえた作品として、李善がこれを指摘したのは不適当となるでしょう。
曹叡の楽府詩は、曹植の詩よりも新しいと思われますから。
曹植詩と曹叡「傷歌行」との双方が基づいた、幻の詠み人知らずの詩歌があったのか、
それとも、実は逆に曹植詩が曹叡の「傷歌行」に影響を与えたのか等々、
両者の関係性について、李善注とは異なる指摘が必要でしょう。
ところで、魏の阮籍「詠懐詩」其十四(『文選』巻23所収十七首の其七)にも、
次のような類似句が見えています。
感物懐殷憂 生き物(秋のコオロギ)に感じて愁いを抱き、
悄悄令心悲 しょんぼりとして心は悲しみに暮れる。
この上の句に対する李善注もまた、曹植詩に対するのと同様に、
上記の「古詩」すなわち『文選』所収「傷歌行」の句を引いて説明していますが、
それ以外の部分でも、阮籍の詩は「傷歌行」との間に、
「明月」「微風」「羅」「牀」「帷」といった詩語を共有しています。
他方、阮籍詩は、曹植「贈白馬王彪」との間にも、
「秋」「涼」「風」「鳴」く虫、“帰る”という発想を共有しています。
ということは、阮籍詩は、「傷歌行」から得た基本的詩想の上に、
曹植「贈白馬王彪」詩から得た新たな着想を加味して成った作品なのでしょうか。
おそらく、この三作品だけを見ていたのではだめなのだろうと思います。
2020年4月29日