「雑詩」とは

こんばんは。

曹植「雑詩六首」(『文選』巻29)を読んでいます。
そもそも「雑詩」とは、どのような性格のジャンルなのでしょうか。

他の建安詩人たちの「雑詩」は、
当時においては一般的であった宴席での競作でもなく、
特定の誰かに宛てた贈答詩でもなく、
詩人が集団の場を離れ、一個人としてその心情を詠じたものであって、
その対自性ゆえに、未知の読者にも届き得るものとなったと私は考えています。
(何を言おうとしているのか不分明かもしれません。こちらをご覧いただければ幸いです。)

曹植の「雑詩」の場合はどうなのでしょうか。
目に留まるのは、そこに漢代詠み人知らずの五言詩がよく踏まえられていることです。

其二「転蓬離本根」は、その末尾が『文選』巻29「古詩十九首」其一を彷彿とさせます。
また、其三「西北有織婦」は、「古詩十九首」の其十、其二を強く想起させます。

この時代の文人たちは一般に、詩作において古詩や古楽府をよく用いるのですが、
このことについて、かつて次のように論じたことがあります。*

古詩・古楽府は、漢代の宴席で生成展開してきた文芸である。
建安文人たちの詩作もまた、基本的には宴席を舞台に行われていた。
つまり、創作活動の場という観点からして、建安詩は漢代宴席文芸の直系だと言える。
それゆえ、建安詩に古詩・古楽府が多く踏まえられているのは当然である。

ただ、「雑詩」が古詩的表現を多用するのは、
どうも上述とは異なる文脈から捉える必要があるように感じられます。
同じ漢代詩歌という素材ではあっても、それを用いる理由が違うように思うのです。
更に読み進めながら考えます。

2020年5月25日

拙著『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、2013年)第六章第二節「貴族制の萌芽と建安文壇」、初出は、『魏晋南北朝における貴族制の形成と三教・文学(第二回日中学者中国古代史論壇論文集)』汲古書院、2011年)。