曹植の愛読書(2)
こんばんは。
以前(2020.05.11、5.12)、曹植の愛読書のひとつとして、
王充『論衡』があったのではないかと述べました。
今回は『韓詩外伝』です。
曹植作品における『詩経』引用がしばしば「韓詩」に拠っていることは、
伊藤正文『曹植』の解説が夙に指摘しているところですが、*
歴史故事を踏まえた表現が、明らかに『韓詩外伝』由来である事例もあります。
昨日に続き、曹植「与楊徳祖書」(『文選』巻42)の中に、次のような句があります。
然此数子猶復不能飛軒絶迹、一挙千里也。
然れども此の数子は猶ほ復た飛軒して迹を絶ち、一挙千里なること能はざるなり。
ここにいう「一挙千里」は、李善注が指摘するように、
『韓詩外伝』巻六に見える、船人の盍胥が晋の平公に対して述べた言葉、
「夫鴻鵠一挙千里、所恃者六翮爾(夫れ鴻鵠は一挙千里、恃む所は六翮のみ)」を踏まえます。
同じ故事は、前漢の劉向『新序』雑事一、『説苑』尊賢にも記されていますが、
そこでは、「一挙千里」という語は用いられていません。
また、『韓詩外伝』の同じ条に、
同じく盍胥が晋の平公に語った人材登用に関わる話の中に見える、
「夫珠出於江海、玉出於昆山(夫れ珠は江海より出で、玉は昆山より出づ)」は、
曹植「贈丁廙」詩(『文選』巻24)の次の句を彷彿とさせます。
大国多良材 大国には良材多く、
譬海出明珠 譬ふれば海の明珠を出すがごとし。
辞句がそれほど重なり合っていないためか、
管見の及ぶ限り、どの注釈者も指摘していませんが、
同じ『韓詩外伝』の同じ条から、
同じ曹植の別の作品への引用が認められることを考え合わせるならば、
前掲の「贈丁廙」詩に見える表現は、『韓詩外伝』由来である可能性が高いと考えられます。
発想と文脈も、両者はよく一致しています。
こうしてみると、曹植は『韓詩外伝』をかなり読み込んでいると推し測れます。
これもまた、彼の愛読書のひとつだったと言えるかもしれません。
2020年9月29日
*『曹植(中国詩人選集3)』(岩波書店、1958年)p.22を参照。