「翺翔」する阮籍
こんばんは。
一昨日、建安詩において「翺翔」という語は、
現実から軽やかに放たれるという文脈で多く用いられていると述べました。
これを具体的に示せば次のとおりです。
『藝文類聚』巻28に引く陳琳詩に、
間居心不娯、駕言従友生 間(閑)居して心は娯しまず、駕してここに友生に従ふ。
翺翔戯長流、逍遥登高城 翺翔して長流に戯れ、逍遥して高城に登る。
劉楨「公讌詩」(『文選』巻20)に、
遺思在玄夜、相与復翺翔 遺思 玄夜に在り、相与(とも)に復た翺翔す。
輦車飛素蓋、従者盈路傍 輦車は素蓋を飛ばし、従者は路傍に盈つ。
同じく劉楨「贈五官中郎将四首」其一(『文選』巻23)に、
昔我従元后、整駕至南郷 昔 我 元后(曹操)に従ひ、駕を整へて南郷に至る。
過彼豊沛都、与君共翺翔 彼の豊沛の都に過(よぎ)りて、君と共に翺翔す。
ここで注目したいのは、いずれの「翺翔」も仲間とともにあるということです。
ところが、おそらくはたった一人で「翺翔」するのが阮籍です。
その「詠懐詩」には三首の用例がありますが(其十二、三十五、六十三)、*
其三十五(世務何繽紛)に、
時路烏足争、太極可翺翔 時路 烏(いづく)んぞ争ふに足らん、太極 翺翔す可し。
其六十三(多慮令志散)に、
多慮令志散、寂寞使心憂 多慮は志をして散せしめ、寂寞は心をして憂へしむ。
翺翔観彼沢、撫剣登軽舟 翺翔して彼の沢を観、剣を撫して軽舟に登る。
其三十五は、周りの者たちとの煩わしい関係を振り切っての「翺翔」を、
其六十三は、鬱屈した現実世界から脱出する飛翔を詠じています。
ここに、仲間たちのいる気配は感じられません。
曹植作品における「翺翔」はどうなのでしょうか。
なお、この語に特定しての用例は、
意外なことに、阮籍のあと梁代までふつりと途絶えます。
「翺翔」ではない、他の表現による飛翔はあるのだろうと思います。
また、この時代の作品は多くが失われていることを念頭に置かなくてはなりませんが。
2021年5月12日
*作品の順次は、黄節『阮歩兵咏懐詩注』(中華書局、2008年)に拠った。