宮中庭園内の鯨
こんばんは。
曹植の「盤石篇」という楽府詩の中に、次のような一節があります。
鯨脊若丘陵 鯨の背骨は丘陵のようで、
鬚若山上松 その鬚(くちひげ)は山上の松のようだ。
呼吸呑船欐 呼吸すれば船や小舟を呑み込み、
澎濞戯中鴻 波しぶきを上げるさまはさながら戯中の鴻だ。
この中の、「戯中の鴻」というのがずっと気に懸かっています。
戯曲の中に鴻が登場するのでしょうか。
伊藤正文『曹植』(岩波・中国詩人選集、1958年)p.154には、
「遊び戯れている大鳥の意に解したい」とあります。
どうして、戯曲の中に鴻が、などと思ったかというと、
王朝主催の宴席を描くことの多い漢賦の中で、
鯨というものを見かけたことがあったのを思い出したからです。
宴席では、戯曲めいた文芸がよく行われていましたので。
漢賦の鯨、たしかにありました。
張衡の「西京賦」(『文選』巻2)に、
「海若游於玄渚、鯨魚失流而蹉
(海若は玄渚に游び、鯨魚は流れを失ひて蹉す)」とあるのがそれでした。
けれども、宴会風景の中に見えるものではなくて、
建章宮の中にある池に、鯨をかたどった石像が立っていたようです。
李善注に引く『三輔旧事』に、
「清淵北有鯨魚、刻石為之、長三丈
(清淵の北に鯨魚有り、石を刻して之を為り、長さ三丈)」とありました。
まるで見当違いだったのですが、
前漢時代、宮中の庭園の池に、鯨の石像があったというのが面白くて記します。
曹植は、漢賦を愛読していましたから、
もしかしたら、張衡「西京賦」から得たイメージを重ねていたかもしれません。
2022年4月20日