曹植の「令」とことわざ
こんばんは。
曹植の「黄初六年令」に、
東郡太守王機らのしつこい監視についてこう記しています。
機等吹毛求瑕、千端万緒、然終無可言者。
機等は毛を吹きて瑕を求むること、千端万緒、然して終に言ふ可き者無し。
ここにいう「吹毛求瑕」は、
『韓非子』大体篇に「不吹毛而求小疵(毛を吹いて小疵を求めず)」と見えます。
しかし、他にも様々な文献に少しずつかたちを変えながら見えているので、
曹植は『韓非子』からこの辞句を選び取って踏まえたというより、
古来あることわざを用いたと見た方がよいかもしれません。
続く「千端万緒」も、複数の文献に散見することから、
定型的な言い方なのだろうと思われます。
この「黄初六年令」の結びに、
故為此令、著於宮門、欲使左右共観志焉。
故に此の令を為して、宮門に著し、左右をして共に志を観せしめんと欲す。
とあるとおり、この文章は、
当時、雍丘王であった曹植が、その配下の者たちに示したものです。
ことわざや定型的な文言を多用するのは、
この文章が本来的に担っているこのような役割に由来するものでしょう。
そういえば、先に読んだ「黄初五年令」には、
『尚書』皋陶謨に由来するフレーズを「伝に曰く」として引き、
『左伝』襄公三十一年に出る語を「諺に曰く」として引いていましたが、
あれらの不正確な(と感じられてしまう)表現も、
「令」を読む人々に合わせた言い方だったのかもしれません。
2022年8月20日