『文選』李善注と緯書

こんばんは。

昨日言及した『文選』李善注の緯書引用に関連して、
岡村繁「『文選』李善注の編修過程―その緯書引用の仕方を例として―」*
を読み直しました。

この論文は、その標題が明示するとおり、
緯書引用のあり様に着目し、それを手掛かりとして、
重層的に行われた『文選』李善注の編修過程を明らかにしようとしたものです。

その概略を紹介すれば次のとおりです。

『文選』李善注は、複数回にわたる修訂を重ねて成ったものである。
『古籍叢残』所収の敦煌出土『文選』李善注は、その初注本だと推定できる。
李善注の編修過程を明らかにするには、初注本と現行本との違いに着目すればよい。
だが、現行本から、李善自身による修訂部分を識別することは難しい。
そこで着目されるのが、李善注における緯書の引用である。
なぜならば、緯書は李善が生きていた初唐以降、流伝が途絶えたからである。
(緯書の引用は、ほぼ確実に李善自身によるものと考えられる。)
かくして、敦煌本『文選』李善注と現行の李善単注本とを比較した結果、
李善注の編修過程について、次のようなことが明らかとなった。
・初期段階の李善注は、まず類書などの活用により典故の指摘をしている。
・その後、広範な読書を通じて蓄積された知識をもとに、逐次補填が為されていった。

本論文の内容を、私は大学院生だった頃に講義で聴きました。
その講義は、たしか国語の教免関係科目に指定されていたためでしょうか、
最初は、国語国文学研究室の学生さん方も大勢聴講していましたが、
回を追うごとに受講生の数が減っていきました。
(先生ご自身、そのことを少し気にされているような風でした。)

その時にはその価値を受けとめることができなくても、
後になって腑に落ちる、長い時をおいて感動が押し寄せるということがあります。
人数は少なくとも、どこかに必ず理解者はいるものだと思います。

2022年9月8日

*岡村繁『文選の研究』(岩波書店、1999年)第六章(p.291―310)。初出は『東方学会創立四十周年記念東方学論集』(東方学会、1987年)。