オマージュと用例と

過日、曹植「七啓」の表現が、陸機「文賦」に波及している可能性を述べました。
しかしながら、このことは『文選』李善注には指摘されていません。

「磬折」という語をめぐる、
阮籍「詠懐詩十七首」其十四(『文選』巻23)への、
曹植「箜篌引」(同巻27)からの影響についても同じです。*1
李善は、阮籍詩に対して、曹植詩に注記したのと同じ文献を記すのみであって、
曹植から阮籍へ、この語が受け渡されているようには捉えていません。

信頼のおける李善注ではあっても、
人の行ったことですから遺漏もあって当然なのですが、
ただ、改めて検討する必要があると思ったのは、
曹植と陸機との間にほんとうに密接な影響関係があったと言えるか、ということです。

そこで、富永一登氏の所論を再度ひもといてみました。*2
本論考は、李善注に引かれる曹植の詩文の数を、作者別に挙げています。
それによると、最も近い時代の人として、嵆康に5例あるのがまず目に留まります。
ですが、阮籍作品については、李善は何の注記もしていないようです。
また、先日来、幾度か話題にしてきた張華は3例で、
左思4例、潘岳28例、陸機24例に比べて、特に多いというわけでもありません。
もちろん、『文選』に採られた作品数という母数に違いはありますが。

陸機は、張華を介して、曹植作品の表現に出会ったのではないか、
という先の見通しは、考え直す必要があるかもしれません。

ある作者に対するオマージュとして彼の表現を踏まえることと、
同時代を生きた人々の間で共有される言葉の用例とは、区別がとても難しい。
また、オマージュと一口に言っても、その内容も深さも様々でしょう。
だからこそ、精読吟味する価値があるのだと思います。

2023年12月15日

*1 柳川順子「曹植文学の画期性―阮籍「詠懐詩」への継承に着目して―」(『中国文化』80号、2022年)で論じた。
*2 富永一登『『文選』李善注の活用 文学言語の創作と継承』(研文出版、2017年)第一章第四節「注引曹植詩文から見た文学言語の創作と継承」p.72を参照。