曹植作品と阮籍「詠懐詩」
阮籍の「詠懐詩」が、曹植作品の影響を深く受けていることは、
かつて「磬折」という語を核として論じたことがあります。*
今日また両者の類似表現に遭遇しました。
阮籍「詠懐詩十七首」其四「昔日繁華子」(『文選』巻23)の次の句、
携手等歓愛 手を携へて歓愛を等しくし、
宿昔同衣裳 宿昔 衣裳を同じくす。
これが、曹植「種葛篇」(『玉台新詠』巻2)に見える次の句、
歓愛在枕席 歓愛 枕席に在り、
宿昔同衣衾 宿昔 衣衾を同じくす。
これとたいそうよく似ています。
たまたま似ただけだとも考えられますが、
「宿昔同衣○」という言葉の並びは、
現存する諸作品を網羅的に検索する限りでは、この両作品のみに見えるようです。
この句の前に、「歓愛」という語が用いられている点でも同じですから、
阮籍が曹植の表現を取り込んだ可能性は十分あるように思います。
(もちろん全くの見当違いである可能性も多分にあります。)
それで、よくわからないのが、
前掲の阮籍の詩にいう「等」という語の意味です。
何を等しくすると言っているのでしょうか。
二人の「歓愛」の程度が等しいのか、
それとも「携手」が「歓愛」に等しいと言っているのか。
多くの翻訳者は、「等」を「ともにする」と捉えているようですが、
それでよいのか、少し躊躇を覚えています。
「等」には、「ともがら」という語義もあるので、
そこから敷衍させて捉えるならば、
何も怪しむには当たらないところなのかもしれませんが。
2024年4月23日
* 拙論「曹植文学の画期性―阮籍「詠懐詩」への継承に着目して―」(『中国文化』80号、2022年)。こちらでご覧いただけます。ただし、この中で私は大間違いなことを述べています。ご注意ください。