白居易の省試答案詩

白居易の省試合格時の答案が、
『白氏文集』巻21に収載されています。

一日で作ることが求められたという詩賦のうち、*1
詩の方は「玉水記方流詩」(作品番号1414)と題する次のような作品です。
(本詩の解題や通釈はこちらをご覧ください。)

01 良璞含章久  良璞は章を含むこと久しく
02 寒泉徹底幽 寒泉は底に徹って幽(ふか)し
03 孚尹光灔灔 孚尹して 光 灔灔たり
04 方折浪悠悠 方折して 浪 悠悠たり
05 凌乱波紋異 凌乱して 波紋 異なり
06 縈迴水性柔 縈迴して 水性 柔かなり
07 似風揺浅瀬 風の浅瀬に揺らぐが似(ごと)く
08 疑月落清流 月の清流に落つるかと疑ふ
09 潜穎応傍達 穎(ひかり)を潜むるは応(まさ)に傍達すべし
10 蔵真豈上浮 真を蔵するは豈に上に浮かばんや
11 玉人如不記 玉人 如(も)し記されずんば
12 淪棄即千秋 淪棄せられて 即ち千秋ならん 

進士科最終試験の答案ですから、
定型詩の条件をすべて満たしているはずなのに、
一見したところ、第3句「孚尹光灔灔」の2字目「尹」が平仄に合いません。

「尹」は、『広韻』によると上声十七「準」の韻で、
それだと、平仄のバランスの法則からすべて外れることになってしまうのです。

すなわち、同じ句の4字目「灔」と同じ仄声となって「二四不同」に抵触し、
同じ聯の隣り合う字「折」とも同じ仄声となって「反法」に抵触、
更に、隣り合う聯の、隣接する字「泉」と同じ平声であるべき「粘法」にも外れます。

ですが、これは自分の古典に対する知識の薄さによる誤解でした。

「孚尹」の語は、『礼記』聘義篇にいう「孚尹傍達、信也」に基づきますが、*2
その鄭玄注に「孚、読為浮、尹読如竹箭之筠」とあります。
平たく言えば、「孚」は「浮」と発音、「尹」は「筠」と発音するということです。

「筠」は、『広韻』によれば平声十七「真」の韻で、
これなら、上述のような平仄の齟齬はすべてクリアされることになります。

白居易が『礼記』のこの部分を踏まえていることは確実です。
9句目に「傍達」という語を配し、これもまた前掲の『礼記』聘義篇に見えますから。

なお、那波本をはじめ刊本系『白氏文集』が「尹孚」に作るのは、
あるいは、私が先に陥った誤解と同じ理由から書き改めたものかもしれません。

他方、日本に伝わる貴重な鈔本、金沢本は正しく「孚尹」に作っています。
丁寧に書写して後世に伝えてくださった先人に感嘆します。

2025年6月13日

*1 村上哲見『科挙の話 試験制度と文人官僚』(講談社現代新書、1980年)p.137を参照。
*2 岡村繁訳注『白氏文集 四』(明治書院・新釈漢文大系、1990年)p.490に教えられた。