地下世界の大亀

曹植「盤石篇」を少しずつ読み進めています。
その中で、突風に吹き上げられて一挙千里と上昇した人はこう言います。

経危履険阻  危うい険しい難所を越えてゆき、
未知命所鍾  いまだ生きた心地がしない。
常恐沈黄壚  常々不安なのは、黄泉の国に沈み、
下与黿鼈同  地下で大きなすっぽんと同じくなることだ。

この「黿鼈」になんとなく既視感があって、思い当たるところを確認しました。

それは、かの馬王堆1号・3号漢墓出土の「昇仙図」の下方、
交差する大魚の上に乗り、白い台(大地)を持ち上げて支える力士の姿です。*1

曽布川寛氏の説によると、
古代神話で大地を支えているとされた大亀の鼇が、
いつしか人間の姿を取るようになり、
その不合理を補うため、彼を大魚に乗せたのだろうとのことです。*2

出石誠彦「上代支那の「巨鼇負山」説話の由来について」は、
『楚辞』天問に「鼇負山抃(鼇は山を負ひて抃ず)」と見えているこの古代神話について、
非常に広い範囲の文献に当たって展開の過程を明らかにしようとされています。*3

曹植「盤石篇」に言及された大亀は、
『楚辞』から直接的な影響を受けたものではないだろうと思われます。
両者間に、表現面での類似性は認められませんので。
彼は、当時の人々に当たり前に共有されていたこの伝説を、
息をするように取り込んだのでしょう。

2025年11月2日

*1 『世界美術大全集 東洋編2 秦・漢』(小学館、1998年)p.108、113の図版、及びp.347―350の曽布川寛氏による作品解説を参照。
*2 曽布川寛『崑崙山への昇仙 古代中国人が描いた詩語の世界』(中公新書、1981年)p.119―125を参照。
*3 出石誠彦『支那神話伝説の研究(増補改訂版)』(中央公論社、1973年)p.325―343収載。初出は、1933年8月市村博士古稀記念「東洋史論叢」。