研究手法における彼我の差(承前)
中日の研究手法の違いを感じたことを記した前の記事に、
間を措いての追記です。
中国での学会発表は、概略次のような内容でした。
a.曹植「種葛篇」「浮萍篇」は典型的な閨怨詩で、
こうした主題は、漢代の宴席で歌われた五言詩には常套的なものである。
b.曹植「種葛篇」「浮萍篇」は、漢代五言詩歌に常套的な表現を多く用いている。
c.他方、これらの曹植作品は、漢代五言詩歌の系譜から外れる部分も持つ。
それは、夫の愛情を失った妻の悲しみに、兄曹丕への感情を重ねていることである。
d.この表現の重層性は、漢代詠み人知らずの古楽府にはなかったものであり、
楽府詩というジャンルに、このように複雑な表現を楽府詩にもたらしたのが曹植であった。
このうち、どの部分が説明不十分だと自ら感じたか。
それはまず、dの部分の「古楽府」「楽府詩」といった言葉です。
このようなジャンル名は、人によってその語が包摂する範囲が異なるのでよろしくない。
前述の概要に記す「漢代詠み人知らずの古楽府」は、
「漢代の宴席で盛行していた、歌辞の作者が不明の歌謡」と改めたいと思います。
ジャンルの概念を議論するより、それが行われた場に焦点を当てた方が通りがよいです。
次には、同じd部分にいう「表現の重層性」です。
曹植作品の場合は、『詩経』の複雑な踏まえ方に突出した特徴があって、
それは、よくある典故表現とは異質なものです。
またそれは、『詩経』六義のひとつである「興」(隠喩)とも異なるものです。
(このことについては、たとえばこちらやこちらでも記しています。)
中国の学者は古くから、どちらかというと表現内容を現実に直結させる傾向が強いので、
それは当たり前の表現手法だ、と片付けられてしまう可能性が高いでしょう。
丁寧な説明を要するところだと感じました。
2025年11月30日