今とこれから

昨年末、「曹植作品訳注稿」の詩歌作品について、見直し作業を始めました。
訳注作業を本格的に始めたのは今から六年半ほど前ですから、
今見直していると、修正を要するようなところが多々目に止まりますが、
その一方で、当時の仕事に圧倒されるところも少なくありません。
過去の自分から励まされています。

見直している曹植の詩歌の訳注は、
過去十餘年間に書いてきた建安文学に関する所論と併せて、
ひとまとまりの原稿にしたいと考えています。

曹植の詩歌の訳注と、建安文学に関する論考と、
この両者をひとつにまとめることにどんな意味があるのでしょうか。

後漢末、魏の曹操のもとに形成された建安文壇は、
五言詩がにわかに興隆したところに大きな特徴がありますが、
この事象は、次のことを踏まえてこそ無理なく理解することができます。
すなわち、五言詩は、漢代の宴席を舞台に生成展開してきた文芸であること、
そして、建安詩人たちも基本的に、宴席を場として文学活動を行っていたことです。

つまり、長らく地下水脈を為してきた五言の詩歌が、
一挙に地表に噴出したもの、それが建安詩なのだと私は捉えています。
以上のことは、かつて『漢代五言詩歌史の研究』で論じました。*

建安文学はこのように、漢代宴席文芸の系譜上に位置づけることができると考えますが、
五言詩の新たな展開の諸相については、前著ではまだ論及していません。

後漢末における文学の質的転換を、作品の実態に即して更に明らかにしたい。
そのためには、この時代、特に多くの詩歌を残している曹植を取り上げるのが最善です。

こう考えて、曹植の詩歌の、せめて訳注だけは形にしたいと考えました。
今行っている作業は、漢代五言詩歌史研究の続きです。

2026年1月1日

*こうした捉え方は、あまり聞きなれないものではないでしょうか。どういうことだろうと思われた方は、柳川順子『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、2013年)をご覧ください。