曹植「雑詩六首」其二について(追記)
以前、こちらに書いたことについて追記します。
曹植の「雑詩六首」其二は、末尾二句に至って換韻します。
このことについて、黄節がこう指摘していました。
この様式は、曹丕の雑詩「西北有浮雲」(『文選』巻29)と同様であり、
それは、古楽府「艶歌・翩翩堂前燕」に由来するものだろう、と。
「艶歌・翩翩堂前燕」は、たしかに換韻については黄節の指摘どおりですが、
表現様式については、それほどの関係性は見出せませんでした。
一方曹丕の「西北有浮雲」詩の結句は、換韻のみならず、表現までもよく似ています。
(本詩の全文は、こちらをご覧ください。)
棄置勿復陳 棄て置きて復た陳(の)ぶること勿(な)かれ
客子常畏人 客子は常に人を畏る
曹植が曹丕の詩に学んでいるのか、
それとも、こうした様式は珍しくないものなのでしょうか。
曹丕のこの雑詩は、
結句以外にも曹植「雑詩六首」其二と似通った要素を持っています。
それは、風が自分を吹き飛ばし、ある所に至らしめるという内容の次の句です。
惜哉時不遇 惜しい哉 時に遇はず
適与飄風会 適(たまたま)飄風と会ふ
吹我東南行 我を吹きて東南に行かしめ
行行至呉会 行き行きて呉会(呉・会稽)に至る
曹丕・曹植の両詩の間に何らかの影響関係があったのかどうか、
これだけでは何とも言えないのですが、通り過ぎることができないでいます。
2026年2月1日