珍しい注釈態度の李善注(改めて)

一昨日、「胡顔」という語をめぐって、
李善注に示された異例のスタイルに目を留めました。
後世の作品から遡及して、用例の少ない語の意味を示すという手法です。

ところが、この語については既にこちらで、
曹植と同時代の丁廙「蔡伯喈女賦」(『藝文類聚』巻30)にも用例があることを、
李詳『顔氏家訓補注』及び黄節『曹子建詩註』を通して紹介していました。
(過去の自分に教えられ、現在の自分の不甲斐なさに恥じ入ります。)

他方、改めて先人たちの指摘を読み直し、
曹植が、『毛詩』鄘風「相鼠」の趣旨を示すのに、
「胡顔」という語を用いていることの面白さに気づかされました。

「胡顔」は、『詩経』鄘風「相鼠」の本文や注釈類には見当たりませんが、
その趣旨はたしかに“厚顔”であり、用例は同時代に見出せます。

『詩経』の主題をざっくりと噛み砕き、
当時においてはまあ珍しくはない語でさらりと解説する曹植は、
もしかしたらかなり筆の走った状態で「上責躬応詔表」を書いたのかもしれません。
(同趣旨のことはすでにこちらに書いてはいるのですが、改めて。)

2026年2月26日