徐幹「室思」第六章の特異性

『玉台新詠』巻1所収の徐幹「室思」詩には、
諸本の間で、題名や篇章の数え上げ方に異同があるようです。

清朝の紀容舒『玉台新詠考異』(叢書集成初編)巻1にこうあります。*

馮氏校本分此詩、前五篇為「雑詩」、後一篇為「室思」。……➀
註曰、前六章、宋本統作「室思」一首。……➁
按、郭茂倩『楽府詩集』云、徐幹有「室思」詩五章。拠此則後一章不知何題。
  検諸本都作「雑詩」五首、「室思」一首、姑仍之。……➂

➀によると、清朝の馮舒・馮班兄弟による校訂本『玉台新詠』では、
前の五章を「雑詩」、最後の一章を「室思」と題して収載するとのことです。

➁は、清朝・呉兆宜『玉台新詠箋註』の註で、
前(?)六章を、宋本はあわせて「室思」一首とする、と記しています。

➂は、紀容舒が、➀➁を踏まえて記したコメントです。

『楽府詩集』巻69に、宋・孝武帝「自君之出矣」の題目について、
「漢の徐幹に「室思」詩五章有り、其の第三章に曰く、君の出でしより……」とあり、
これによるならば、後の一章は何という題目であったのか分からない。
諸本を調べると、みな「雑詩」五首、「室思」一首としているので、今はこれに従う。

こうしてみると、呉兆宜のいう宋本は別として、
諸本の多くが、『玉台新詠』所収「室思」一首六章のうち、
最後の一章のみを、前の五章とは別立ての作品として扱っていたらしきことが知られます。
そして、その最後の一章とは、先日、沈徳潜の解釈とともに紹介した詩篇です。

もしかしたら、徐幹自身、この「人靡不有初」詩を、
他の「室思」とは別の動機や機縁で作成したのであったかもしれません。

ところで、『玉台新詠』巻2所収の曹植「雑詩」五首は、
たとえば『文選』では「七哀詩」「雑詩」「情詩」と区分けされて収録されています。
このように、『玉台新詠』の作品収録には独特のものがあります。

すると、『玉台新詠』所収の徐幹「室思」六章もまた、
本来は最後の一章のみ、他とは次元の異なる作品であった可能性は十分あります。

2026年3月23日

*以下、『玉台新詠』の諸本と流伝に関しては、小尾郊一・高志眞夫編『玉台新詠索引 附玉台新詠箋註』(山本書店、1976年)解説を参照した。