『孔子家語』の辞句と曹植詩

昨日も言及した曹植「当欲遊南山行」(05-33)の第一・二句、
「東海広且深、由卑下百川(東海は広く且つ深し、卑きに由りて百川を下らしむ)」は、

王粛『孔子家語』観周に記された、
金人の背面の銘文に見える次の句ととてもよく似ています。*1

江海雖左、長於百川、以其卑也。
江海は低い位置にありながら、百川を束ねているのは、その低さゆえにである。

曹植詩と『孔子家語』とは、
「海」「長」「百川」「卑」を共有していますから、
両者間にはたしかな影響関係が認められるといってよいでしょう。

ただし、難しいのはその両者の関係性です。

曹植(192―232)と王粛(195―256)とは同時代人です。
ですから、もちろん曹植が『孔子家語』を踏まえたはずはありません。

『孔子家語』については、かつて何度か言及したことがありますが、
狩野直喜が次のように述べるとおり、これは王粛によって作られた偽書です。*2

家語の首に粛の序があり、其の序に据ると、孔子の子孫孔猛の家より発見したと、古書の如く粧ふけれども、左伝・国語・荀・孟・二戴等の書を割裂して作った跡は、顕然として掩ふことは出来ない。

このように『孔子家語』が様々な文献の寄せ集めだとするならば、
そのもととなった言葉に、王粛と同様、曹植も触れていた可能性があります。

ちなみに、『史記』巻89・李斯伝に、次のような類似句が見えています。*3

太山不譲土壌、故能成其大、  太山は土壌を譲らず、故に能く其の大を成し、
河海不択細流、故能就其深、  河海は細流を択ばず、故に能く其の深を就(な)し、
王者不却衆庶、故能明其徳。  王者は衆庶を却けず、故に能く其の徳を明らかにす。

これは李斯の上書中にある語であって、
金人の背面に刻み付けられた銘文ではありません。

そして、この辞句は、昨日示した『管子』形勢解とよく似ていますし、
同じような辞句は、この他にも『説苑』尊賢、『韓詩外伝』巻3などにも認められます。

このように見てくると、
ある理想的な君主像を語る言葉がすでに流布していて、
それが様々な人物の発言や著作物に取り込まれたのだと推し測れます。

『孔子家語』と曹植「当欲遊南山行」との間に認められる表現の近似性は、
その背後に、こうした諺語めいた辞句の存在を想定してはどうだろうかと考えます。

2025年9月27日

*1 このことは、古直『曹子建詩箋』(広文書局、1976年三版)巻4/22aの指摘によって知り得た。
*2 狩野直喜『中国哲学史』(岩波書店、1953年第一刷、1981年第十八刷発行)p.307を参照。
*3 前掲の古直『曹子建詩箋』を参照。