ひそやかな親近感

曹植「箜篌引」に見える「磬折」という語は、
有力者に腰を折り曲げて従うという意味を帯びていると先に述べました

この「磬折」は、現存する詩歌作品を縦覧する限り、あまり用例を見ない詩語です。*
曹植以前には確認できませんし、
曹植以後では、阮籍「詠懐詩」の中に3例を確認することができるだけです。
(厳密に言えば、曹植「箜篌引」と同じ文脈での用例に限りますが。)

このように用例が少ない中で、
阮籍が「詠懐詩」の複数個所で「磬折」を用いていることは注目に値すると思います。
彼はなぜこの詩語を一再ならず用いたのでしょうか。

今、その一例として、『文選』巻23所収「詠懐詩十七首」其十四を挙げれば次のとおりです。

灼灼西隤日 餘光照我衣
 赤々と光を放ちながら西に落ちてゆく夕日、その名残の光が私の衣を照らす。
迴風吹四壁 寒鳥相因依
 つむじ風が四方の壁に吹き付けて、寒風に凍える鳥たちは身を寄せ合っている。
周周尚銜羽 蛩蛩亦念飢
 こんなときは、周周が羽をくわえ、蛩蛩が飢えを恐れるように、鳥獣でさえ助け合うものだ。
如何当路子 磬折忘所帰
 それなのに、なんだって要職にある連中は、腰を折り曲げて帰着すべき本源を忘れているのだ。
豈為夸誉名 憔悴使心悲
 どうして虚しい名誉のために、神経をすり減らして悲痛で五臓六腑を傷めつけたりするものか。
寧与燕雀翔 不随黄鵠飛
 むしろ卑近な燕雀とともに翔り、大きな鴻鵠になんぞ付き従って飛ぶのはよそう。
黄鵠遊四海 中路将安帰
 鴻鵠は四方の大海原に遊ぶが、道の途中で行く手を見失えば、さてどこに帰れようか。

本詩に特に顕著ですが、阮籍「詠懐詩」における「磬折」は、
権力者に媚びへつらい、自身の保身だけに腐心する人間たちの有り様を形容します。

「磬折」という語そのものには本来、負のイメージはなかったはずですが、
(礼儀作法をリアルに書き記す『礼記』での用例が端的に物語っているとおりです。)

それが、曹植「箜篌引」によって屈折を帯びることとなりました。
(これは、『尚書大伝』という出典を指摘した李善注によって示唆されたところです。)

阮籍は、曹植が「磬折」という語に付与したニュアンスを敏感に受け止め、
これを更にデフォルメして用いているように感じられます。

阮籍は、曹植と同様に、
ですが彼とはまた少し違った視角から、
この種の人間をことのほか冷酷に観察していたのでしょう。

ここに、阮籍の曹植に対する敬意とひそやかな親近感とを感じないではいられません。

それではまた。

2020年3月23日

*逯欽立『先秦漢魏晋南北朝詩』の電子資料(凱希メディアサービス、雕龍古籍全文検索叢書)によって確認した。