元稹の難詰:「雉媒」詩
おはようございます。
白居易に「和答詩十首 并序」という作品があります(『白氏文集』巻2、0100~0110*)。
この作品群は、元和五年(810)、江陵に左遷されていく元稹が詠じた詩十七章のうち、
その十章に「和・答」したもので(前掲「和答詩」序 0100)、
平岡武夫『白居易(中国詩文選17)』(筑摩書房、1977年)をはじめ、
多くの人は、そこに白居易と元稹との深くゆるぎない友情を読み取ることでしょう。
ですが、その中には読者を困惑させるような、奇妙に生々しい作品がないではありません。
元稹「雉媒」(『元氏長慶集』巻一)と、白居易「和雉媒詩」(0106)が、
まさしくそうした交往詩です。
今日はまず、元稹詩を以下に提示します。
01 双雉在野時 一対の雉が野原にいた時は、
02 可憐同嗜欲 ああ、いじらしくも嗜好や意欲を同じくしていた。
03 毛衣前後成 (二羽の)羽毛は相前後して出来上がり、
04 一種文章足 同じ模様が十分に美しかったものだ。
05 一雉独先飛 あるとき、一羽の雉が、ひとりで先に飛び立って、
06 衝開芳草緑 緑の芳しい草原を突っ切って駆け出した。
07 網羅幽草中 すると、鳥を捕らえる網が奥深い草の中に設けられていて、
08 暗被潜羈束 気づかないうちに罠にはまってしまった。
09 剪刀摧六翮 捕らえられた雉は、ハサミで六枚の翼の付け根を砕かれ、
10 絲線縫双目 糸で両目のまぶたを縫い合わされた。
11 啖養能幾時 人間が雉を養ってやって、どれくらい経っただろうか、
12 依然已馴熟 彼は人間に依存して、もうすっかり飼い馴らされてしまっている。
13 都無旧性霊 もとの本性はまったく失われてしまい、
14 返与他心腹 かえって他の者(人間)の心情に与するようになっている。
15 置在芳草中 彼は芳しい草の中におとりとして置かれ、
16 翻令誘同族 羽をはためかせて同族を誘うのだ。
17 前時相失者 以前、相方を失った者は、
18 思君意彌篤 君のことを思って気持ちはますます深まる。
19 朝朝旧処飛 毎日かつての住処のあたりを飛び回り、
20 往往巣辺哭 しばしば巣のあたりで大声を上げて啼いていた。
21 今朝樹上啼 今日も木の上で啼いて、
22 哀音断還続 哀しい啼き声が途切れたりまた続いたりしていた。
23 遠見爾文章 すると、遠くに君の文様が見えて、
24 知君草中伏 君が草むらの中に臥せっているのだと知れた。
25 和鳴忽相召 同調して鳴いて、にわかにこちらを呼びよせようとするのを、
26 鼓翅遥相矚 翼を打ち振るって、遠くから相手をじっと見つめる。
27 畏我未肯来 私がまだ来ようとしないのと危ぶんで、
28 又啄翳前粟 君はまた、ぼんやりと霞んだ目の前の粟をついばむ。
29 斂翮遠投君 そこで私は、翼をたたんで遠くから君のもとへ身を投げ出し、
30 飛馳勢奔蹙 飛ぶように馳せて勢いのままに走りまわった。
31 罥掛在君前 すると、罠が君の前に仕掛けてあって、
32 向君声促促 網にかかった私は、君に向かって切迫した声で叫んだ。
33 信君決無疑 君を信じて、決して疑ったことはなく、
34 不道君相覆 まさか、君が私を裏切ろうとは思いもしなかった。
35 自恨飛太高 自分で恨めしく思うのは、あまりにも高く飛んだばっかりに、
36 疏羅偶然触 荒い目の網に、たまたま触れてしまったということだ。
37 看看架上鷹 見よ、台上の鷹は、
38 擬食無罪肉 今、罪もない者の肉を食べようとしている。
39 君意定何如 君の思いはいったいどうであろうか、
40 依旧雕籠宿 相変わらず、彫刻を施した立派な籠に棲んでいるのか。
詩の前半では、一対の雉が、第三者の視点から詠じられています。
ところが、第18句で唐突に、おとりとなった雉を、「君」と呼び始めます。
さらに、第27句以降、罠にかかった雉を「我」として詠じていきます。
元稹はなぜ、このような表現をしたのでしょうか。
詩の冒頭、仲睦まじく志を同じくする二羽の雉は、元稹と白居易とを彷彿とさせます。
そして、罠にかかった「我」は、左遷された元稹と重なるでしょう。
そうなると、「君」と呼ばれているのは白居易に重なります。
事実はどうであれ、元稹の捉えた二人の関係は、
この詩に詠じられた一対の雉になぞらえられるようなものだったと考えざるを得ません。
では、元稹のこの難詰に対して、白居易はどう応じたのでしょうか。
2022年1月28日
* 花房英樹『白氏文集の批判的研究』(彙文堂書店、1960年)「綜合作品表」に拠る。