兄への貢ぎ物

曹植は、兄の文帝曹丕にいくつかの貢ぎ物をしています。
『曹集詮評』巻7所収「献文帝馬表」「上先帝賜鎧表」「上銀鞍表」からこのことが知られます。
そこに日付は記されていませんが、後ほど引用する上表の文面から、
曹丕が文帝として在位した黄初年間(220―226)の献上と見て間違いないでしょう。*1

以下に、上記の三篇を紹介します。

「献文帝馬表(文帝に馬を献ずるの表)」(『藝文類聚』巻93)

臣於先武皇帝世、得大宛紫騂馬一匹。形法応図、善持頭尾。
教令習拝、今輒已能。又能行与鼓節相応。謹以表奉献。
わたしは先の武皇帝の時代に、大宛の赤馬一匹を手に入れました。
肉や骨格の脈は絵図に示された名馬さながらで、頭や尾はすばらしい均衡を保っています。

教化してお辞儀を習わせたところ、今はすっかりできるようになりました。
また、太鼓のリズムに合わせて歩むこともできます。
謹んでこれを献上することを表します。

「上先帝賜鎧表(先帝の賜りし鎧を上るの表)」(『太平御覧』巻356)

先帝賜臣鎧、黒光明光各一領、両当鎧一領、環鎖鎧一領、馬鎧一領。
今代以昇平、兵革無事。乞悉以付鎧曹。
先帝がわたしに下された鎧の黒光と明光の各一領、裲襠の鎧一領、環鎖の鎧一領、馬の鎧一領。
今は天下泰平で、戦争もない時代です。
何卒これらをすべて、鎧を管轄する部署に納めさせてください。

「上銀鞍表(銀の鞍を上るの表)」(『初学記』巻22)

於先武皇帝世、効此銀鞍一具。初不敢乗、謹奉上。*2
先の武帝の御代に、この銀の鞍一具を授けられました。
もったいなくて一度も乗っておりません。これを謹んで献上いたします。

名馬に鎧に銀の鞍。
これらはすべて、曹丕・曹植の父である武帝曹操から下賜されたものです。
そして、これを所有していると、何かと嫌疑をかけられる可能性を持つものばかりです。

上文にいう「今の代は昇平なるを以て、兵革事無し」という語が物語るように、
曹植は、これらの宝物を文帝曹丕に差し出すことによって、
反乱など起こすつもりはないことを示し、以て我が身を守ろうとしたのかもしれません。
先に言及した、曹植の異母弟、曹袞の慎み深さに通じるものを感じます。

ただ、曹植は“先の皇帝”と連呼して大丈夫だったのでしょうか。
宝物の献上も、かえって兄の地雷を踏むことになったかもしれないと思わされます。
皇帝としての力量においても、父から受けた愛情においても、
曹丕はおそらく、コンプレックスのかたまりだったと想像されますから。

それではまた。

2020年1月11日

*1 趙幼文『曹植集校注』(人民出版社、1984年)、徐公持『曹植年譜考証(中国社会科学院老年学者文庫)』(社会科学文献出版社、2016年)もこの年代の作と見ている。

*2「効」字、『初学記』は「勅」に作る。おそらくは字形の類似による誤り。今、『太平御覧』巻358に拠って改める。