手渡されていく言葉

こんばんは。

今日からオンラインの授業が始まりました。
Microsoft Teamsという慣れないツールを使って右往左往しました。

それで、来週に読む予定の元稹「亜枝紅」(『元氏長慶集』巻17)という詩です。
「使東川(東川に使ひす)」の中の一首で、
彼がまだ左遷を知らない31歳、観察御史として蜀へ赴く途上の作ですが、
この「亜枝紅(枝を亜する紅)」という詩語は、
台灣師大圖書館【寒泉】古典文獻全文檢索資料庫
http://skqs.lib.ntnu.edu.tw/dragon/ の『全唐詩』を検索してみる限り、

先行事例としては、杜甫の「上巳日徐司録林園宴集(上巳の日、徐司録の林園にて宴集す)」のみ、*1
それ以外には、まったく用例がないことに驚きました。

「亜枝」で検索してみても、杜甫より前にはぴったりとした用例は見当たらない、
ということは、枝を圧して咲く紅色の花という詩想は杜甫に始まると見てよいでしょうか。

それを初めて用いたのが、杜甫を尊敬してやまない元稹というのは非常に納得できます。
(このあたりのこと、専門家には常識かもしれません。ご容赦を。)

そして、元稹の友人である白居易は、
これに唱和して「亜枝花」(『白氏文集』巻14、0762)を作りました。*2

ところで、白居易の「亜枝花」と同じ詩語を用いている例として、
雍陶という人の七言絶句「洛中感事」(『全唐詩』巻518)を寒泉から教えられました。
「水辺愁見亜枝花(水辺に愁へつつ見る 枝を亜する花)」という句から、
元稹や白居易の作品を意識しているらしいことが感じ取れます。

この雍陶という人物は、太和年間(827―835)の進士(前掲『全唐詩』)。
そして、その詩題から明らかなとおり、彼の先の詩は洛陽の春景色を詠じたものです。
太和年間の洛陽といえば、白居易が晩年を過ごした時空間、
してみると、雍陶と白居易とは、どこかで出会っていたような気がしてなりません。
それは、若き詩人があこがれの大詩人の作品をなぞってみた、という可能性も含めてですが。

2020年5月7日

*1 杜甫詩の原文と訳注は、下定雅弘・松原朗編『杜甫全詩訳注(四)』(講談社学術文庫、2016年)p.640~641を参照されたい。
*2 作品番号は、花房英樹『白氏文集の批判的研究』(彙文堂書店、1960年)所収「綜合作品表」に拠る。