暗中迷路
こんばんは。
昨日、曹植の「矯志」詩は、
古代の通俗的な教訓詩の系統に連なるのではないかと述べました。
本日、『曹集詮評』巻六の校勘作業を行っている中で、
「頌」の文体が、「矯志」詩によく似た雰囲気を持つことに目が留まりました。
「頌」は本来ほめ歌のはずですが、称賛はよき規範の提示でもあり、
いきおいそれは教訓的になるということでしょうか。
他方、黄節『曹子建詩註』に言及されていたのは、
「臨淄矯志、大類銘箴(臨淄(曹植)の「矯志」は、大いに銘・箴に類す)」という、
明の胡応麟『詩藪』巻一・古体上・雑言に見えている批評です。
四言詩「矯志」と、頌と、箴とは類似する部分を持っているようです。
けれども、たとえば『文心雕龍』では、
「頌讃」と「銘箴」とは、別々に項目立てられています。
その文体の発祥や、当初の用途が異なっていることを踏まえてでしょうか。
出口のない迷路に入り込んだような気分です。
というより、そもそも路に迷っているのは自分だけかもしれない。
退職も近いというのに、いまだに伸びしろしかありません。
あと、「曹植作品訳注稿」の「雑詩六首」其二(04-05-2)、
語釈に大幅な遺漏があることに気づきました。
近日中に追補修正します。
2022年5月16日