曹丕「柳賦」と桓温の逸話

先日、曹道衡「漢魏六朝辞賦」を読んでいて、*1
曹丕「柳賦」(『藝文類聚』巻89ほか)は、
『世説新語』言語篇に記された桓温の逸話を想起させる、
との指摘に目が留まりました。

というのは、
以前、杜甫の「柳辺」詩(作品番号0600)を読んでいたとき、*2
その中に見える「漢南応老尽(漢南 応に老い尽くべし)」という句が、
庾信の「枯樹賦」に、東晋の桓温の言葉として引く、

昔年種柳 依依漢南  昔年 柳を種えて 漢南に依依たり
今看揺落 悽愴江潭  今揺落するを看て 江潭に悽愴たり
樹猶如此 人何以堪  樹すら猶ほ此くの如し 人 何を以てか堪えん

を踏まえており、*3
その桓温の逸話が、『世説新語』言語篇に、

桓公北征経金城、見前為琅邪時種柳、皆已十囲、
慨然曰、「樹猶如此、人何以堪。」攀枝執条、泫然流涙。
 桓温は、北方征伐のため金城を経たとき、
 前に琅邪内史であった時に植えた柳が皆もう十囲にもなっていたのを見て、
 慨嘆して言った。「樹木でさえこうなのだから、人はどうして変わらずにいられよう。」
 そして、柳の枝に手を伸ばして引き寄せ、さめざめと涙を流した。

と記されていることを知ったからです。

もっとも、この逸話は『藝文類聚』巻89にも収載されているので、
『世説新語』によらずとも、多くの人々に知られていた故事だったかもしれません。

さて、この桓温の逸話は、
柳の木の成長と、人の変化ということを対比させている点で、
曹丕の「柳賦」とたしかに共通するものがあります。

桓温の逸話が事実であるかどうかは不明ですが、
この逸話を語り伝えた人物が、曹丕の作品を念頭に置いていたのだとしたら、
魏(3世紀初め)の曹丕がその「柳賦」に表現した感慨は、
東晋(4世紀)の桓温という人物を介して、北周(6世紀)の庾信へ、
更には盛唐(8世紀)の杜甫へと、
長い時を渡って、人から人へと伝えられたことになります。

2023年12月11日

*1 『曹道衡文集』(中州古籍出版社、2018年)巻四所収。
*2 下定雅弘・松原朗編『杜甫全詩訳注』第二冊(講談社学術文庫、2016年)p.546
*3 仇兆鰲『杜詩詳注』(中華書局、1979年)第二冊、p.968に指摘する。