曹植の詩と曹丕の詩

先日、黄節の指摘に啓発されて、
曹植「雑詩六首」其二の結び「去去莫復道、沈憂令人老」が、
曹丕「雑詩二首」其二の結び「棄置勿復陳、客子常畏人」に学んだ可能性を述べました。

その後、「贈白馬王彪」詩の訳注を見直していて、
「棄置莫復陳(棄て置きて復たは陳ぶる莫かれ)」という、
まさしく曹丕の前掲句にほぼ同じ句のあることに行き当たりました。

これに類似する句は、『文選』巻29「古詩十九首」其一にも、
「棄捐勿復道(棄捐して復た道ふこと勿かれ)」と見えていますから、
曹丕・曹植ともに、この古詩に基づいたのだという見方も十分成り立つでしょう。

しかしながら、前掲の曹丕の「雑詩」と曹植の「雑詩」とは、
辞句の類似性のみならず、結句に至って換韻する点でも共通していました。

そして、「贈白馬王彪」詩と曹丕の前掲詩とがほぼ同一の句を共有しているのです。

この他、曹植「雑詩」其一の「孤雁飛南遊(孤雁 飛びて南に遊ぶ)」は、
曹丕「雑詩二首」其一にいう「孤雁独南翔(孤雁 独り南に翔る)」とよく似ています。

これらのことを考え合わせると、
曹植は曹丕の作品を愛誦し、よく取り込んでいると見てよいように思います。
このことは、特に曹植「雑詩六首」の捉え方に影響する可能性があるかもしれません。

2026年2月3日