李白と曹植の楽府詩

先日触れた李白の「酬殷明佐見贈五雲裘歌」(宋本『李太白文集』巻7)に、*1

身騎白鹿行飄颻  身は白鹿に騎(の)りて行くこと飄颻たり、
手翳紫芝笑披拂  手には紫芝を翳(かざ)して笑ひつつ披拂す。

とありました。

この両句は、次に示す曹植「飛竜篇」(05-36)の句によく似ています。

乗彼白鹿  彼の白鹿に乗り、
手翳芝草  手に芝草を翳す。

「白鹿」に乗るということだけに注目するなら、
それは、両詩の関係性が密であることの証左にはなりません。

けれども、そのことに「手翳」が組み合わせられているのは、
先秦漢魏晋南北朝詩では、曹植のこの詩のみ、*2
唐代の詩では、李白のこの詩のみです。*3

李白が、曹植の本詩を念頭に置いていた可能性は非常に高いと言えます。

では、李白はどのようにして曹植の詩に出会ったのでしょうか。
唐の読書人必携の書である『文選』にも当該詩は収載されていません。
また、唐人が好んで曹植の別集を読んでいたとは想像しづらいように思います。

そこで、ふと思い至ったのは、
本詩が『藝文類聚』巻42「楽府」に収載されていることです。
多くの楽府詩を作った李白は、当該類書のこの部を活用していたかもしれません。

以前、こちらでも記したのですが、
入谷仙介先生がかつて王維の作品について、
儒教の経典、『文選』、『藝文類聚』を基盤としているようだ、
とおっしゃっていたことを思い出しました。

李白も同様な教養的基盤を持っていた可能性は高いように思います。

2025年10月20日

*1 『李白の作品資料編(唐代研究のしおり9)』(京都大学人文科学研究所、1958年)所収の影印宋刊本(静嘉堂本)『李太白文集』を参照。
*2 逯欽立『先秦漢魏晋南北朝詩』(中華書局、1983年)に基づく電子データ『先秦漢魏晋南北朝詩、文選』(凱希メディアサービス、雕龍古籍全文検索叢書)を用いて検索。
*3 台灣師大圖書館【寒泉】古典文獻全文檢索資料庫(https://skqs.lib.ntnu.edu.tw/dragon/)の『全唐詩』を用いて検索。