相思相愛の人
こんばんは。
白居易の作品を読んでいて時々驚かされるのは、
彼が愛情というものに対してゆるぎない自信を持っていることです。
自分が相手のことを想う、それと同じように、相手も自分のことを想っているはずだ、
そのように、心底信じきっているように思えるのです。
たとえば、以前に幾度か触れたことがある元稹への手紙「与微之書」には、
その二年ほど前に元稹から届いた手紙に感激したこと、
彼が病気を押して自分宛てに書いてくれた詩に涙したことを記した直後、
続けて「且置是事、略叙近懐(しばらくは是の事を置いて、ほぼ近懐を叙せん)」といい、
自身の満ち足りて安らかな近況を三つ詳述します。
そして、それらを述べ終わった後に次のように記しています。
計足下久不得僕書、必加憂望。
君は僕からの手紙が得られないことを、きっと心配しながら待ち望んでいるだろう。
だから、自分の近況を述べたというわけですね。
この時、元稹との間には手紙が途絶えて二年という歳月が経過しています。
したがって、元稹のその後の健康状態については知るよしもなかったかもしれませんが、
それはさておき、君は私のことを心配しているだろう、
といって自身の近況を記す、白居易の気持ちがうまく理解できません。
けれども、そんな手紙を受け取った元稹本人は、きっとうれしかったでしょう。
自身の愛情に自信を持つ人の言葉には、落魄の人をも元気づける熱情があると思います。
だからこそ、彼はこのような返答の詩を書き送ったのに違いありません。
白居易はよほど篤い愛情に恵まれてきた人なのでしょう。
だから、自身も大切に思う人々にあふれんばかりの愛情を注いだ。
自前の小さなスケールではとても把握することができない人のように思えます。
2020年9月14日