魚の腹中から出た書簡

こんばんは。

漢代の古楽府「飲馬長城窟行」に、*
魚の腹中から帛書が出てくるという印象深いフレーズがあります。

全文の通釈はこちらをご覧いただくとして、
今は、その該当箇所のみを、訓み下しとともに示します。

客従遠方来  客 遠方より来たりて、
遺我双鯉魚  我に双鯉魚を遺る。
呼児烹鯉魚  児を呼びて鯉魚を烹(に)んとすれば、
中有尺素書  中に尺素書有り。
長跪読素書  長跪して素書を読めば、
書上竟何如  書上 竟に何如。
上有加餐食  上には餐食を加へよと有り、
下有長相憶  下には長く相憶ふと有り。

遠方から書簡が届けられるという発想であれば、
たとえば『文選』巻29「古詩十九首」其十七にも次のように見えています。

客従遠方来  客 遠方より来りて、
遺我一書札  我に一書札を遺る。
上言長相思  上には長く相思ふと言ひ、
下言久離別  下には久しく離別すと言ふ。

このように、前者の古楽府と、後者の古詩とは非常によく似ていますが、
前者にあって、後者にはないものが、魚の腹中から書簡が出現するという要素です。
この発想はどこから来たのでしょうか。

『文選』李善注にも特に指摘がなく、
ただ、奇妙な表現だという印象に留まっていたところ、
これと同様の発想が、『史記』巻48・陳渉世家の中にあるのに遭遇しました。
陳勝・呉広が、民衆を惑わせて自分たちになびかせる場面です。

乃丹書帛曰「陳勝王」、置人所罾魚腹中。卒買魚烹食、得魚腹中書、固以怪之矣。

かくして帛に赤い色で「陳勝王」と書き、人が引き網で捕った魚の腹の中に入れた。
兵士が魚を買って煮て食べようとしたところ、魚の腹中に書き物を見つけ、非常にこれを怪しんだ。

ただ、文脈としてはまるで異なっていますから、
李善は「飲馬長城窟行」の注に、この記事を引かなかったのかもしれません。

他方、文献には残らないような言い伝えの中に、
こうした発想のエピソードが伝わっていた可能性も十分にあります。

もし、この発想が、前掲の古詩と結びついて、「飲馬長城窟行」が出来たのであるならば、
この詠み人知らずの歌辞は、それほど素朴なものでもないのかもしれません。

2021年7月2日

*『文選』巻27には古辞(詠み人知らずの歌辞)として、『玉台新詠』巻1には、後漢の蔡邕の作として収載する。