建安01年(196)42歳:巻26「満寵伝」:曹操が大将軍となると、満寵を辟して西曹属とし、許の令とした。その頃、曹洪は曹氏一族ということで羽振りがよく、その賓客がしばしば法を犯したので、満寵がそれを捕らえた。曹洪は書簡を送って内々の意向を伝えたが、寵は聞き入れなかったので、洪は曹操に話をした。満寵は曹操に召しだされたので、赦すように求められるのだと思い、すぐさま罪人を殺した。曹操は「事にはこのようにあたるべきではないか」と喜んだ。3-p.721*, 4-p.155** 只今、制作中です。