建安02年(197)43歳:巻1「武帝紀」:前年、関中から南陽に敗走した張済(董卓の将)が死に、甥の張繍が継いだ。建安二年正月、曹操が宛(南陽)へ到着すると、張繍は一旦は降伏するが後悔し、再び反す。曹操はこれと戦って敗れ、流れ矢に当たり、長子の曹昂、弟の子の曹安民は害に遇った。1-p.14*, 1-p.035** 只今、制作中です。