建安05年(200)46歳:巻17「張遼伝」:(曹操が袁紹を破った時、張遼は、魯国の諸県を平定しに派遣された。)夏侯淵が昌豨を東海に包囲した時には、張遼は昌豨の様子からこれを落とせると判断し、昌豨に、「曹操は神業的な武力を持ち、いまや徳をもって四方を手なずけている。先にこれに付いた者は大きな褒美をもらえる」と言って説得。昌豨は喜んで曹操のもとに出頭したが、曹操はこれを帰して、張遼を「これは大将のやり方ではない」と言って責めた。張遼はあやまって、「明公の威信は四海に明らかなので、私が聖旨を奉じれば、昌豨はきっと害をなすはずがないと思ったのだ」と。2-p.517*, 3-p.213**

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