建安16年(211)57歳:巻11「国淵伝」:誹謗中傷の投書をする者がいて、曹操はこれを悪み、どうしてもその書き手を知りたいと思った。国淵はその投書を内密に保存させ、他方、その書に多く「二京賦」が引用されていることに注目し、理解力のある若者を選ばせ、彼らに「二京賦」を教授してくれる者を探し出させ、その筆跡を保存してあった投書と照合し、かくしてその書き手を捕らえ、事情聴取を行った。2-p.340*, 2-p.312**

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