恋文的書簡文の淵源
こんばんは。
『文選』巻29、曹丕「雑詩二首」其一に見える句
「願飛安得翼(飛ばんことを願ふも安くにか翼を得ん)」に対して、
李善注は次のような注を付けています。
葛龔与梁相張府君牋曰、悠悠夢想、願飛無翼。
葛龔の「梁相張府君に与ふる牋」に曰く、
「悠悠として夢想す、飛ばんことを願ふも翼無し」と。
『後漢書』巻80上・文苑伝上によると、
葛龔は、梁国寧陵の人で、安帝の永初年間(107―113)に、孝廉に挙げられています。
そして、その人柄は「性 慷慨壮烈にして、勇力 人に過ぐ」と記されています。
ところが、そんな雄々しい人であったらしい葛龔の書簡文が、
前掲のとおり、どこか恋文を思わせるような雰囲気を纏っています。
これはいったいどういうわけでしょうか。
まず、なぜこれが恋文のようだと感じられるのかといえば、
端的には、「あなたのところへ飛んでいきたいのに翼がない」という言い方が、
たとえば『文選』巻29「古詩十九首」其五にいう、
「願為双鳴鶴、奮翅起高飛(願はくは双鳴鶴と為り、翅を奮ひて起ちて高く飛ばんことを)」
といった表現を彷彿とさせるからです。
また、古詩の流れを汲むと見られる蘇李詩にも、*
たとえば、『文選』巻29、蘇武「詩四首」其二につぎのような句が見えています。
「願為双黄鵠、送子倶遠飛(願はくは双黄鵠と為りて、子を送りて倶に遠く飛ばんことを)」
以前こちらで言及したとおり、
唐代の男性同士で交わされた書簡文はほとんど恋文ですが、
その淵源は、後漢のこのあたりの書簡文にまで遡り得るかもしれません。
そして、後漢の書簡文には、古詩や蘇李詩のフレーズが流入している可能性がありそうです。
2021年7月4日
*こちらの学術論文№28(拙著『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、2013年)にも収載)をご参照いただければ幸いです。