監国謁者潅均の密告
こんにちは。
先週、やっと「黄初六年令」の訳注稿を公開することができました。
続けて「写灌均上事令」(『太平御覧』巻593)を読み始めたところですが、
どう読むのが妥当なのか、考えあぐねている部分があります。
孤前令写灌均所上孤章、三台九府所奏事……
この「灌均所上孤章」の部分を、
続く「三台九府所奏事(三台九府が奏せし所の事)」との対応関係から捉えて、
「灌均が上(たてまつ)りし所の孤が章」と読んだのですが、
それでよいものか、今一つ自信がありません。
(かといって、「灌均が孤を上せし所の章」と読むのでは落ち着きません。)
『三国志(魏志)』巻19・陳思王植伝には、
監国謁者潅均、希指奏「植酔酒悖慢、劫脅使者」。
監国謁者の潅均、希指して奏すらく「植は酒に酔ひて悖慢たり、使者を劫脅す」と。
という記事が見えていて、
この令の題目にいう「灌均上事」とは、おそらくこのことを指すのでしょう。
歴史書の記事には撰者の手が加わっていますから、
もちろん、これだけに依拠するわけにはいかないのですが、
この記事は、曹植の行動についてその不備を摘発するものであって、
曹植自身の「章」すなわち詩文の不適切さを摘発しているものではない、
そのことに、少しひっかかりを覚えるのです。
もし本当に、監国謁者潅均が曹植の詩文を朝廷に奉り、
その不穏当さを糾弾したのであれば、それはいずれの作品だったのでしょうか。
2022年10月3日