再び曹植が示唆してくれた。
以前(2019.08.05)、「曹植が示唆してくれた。」と題して、
原初的古詩(こちらをご参照ください)が誕生した場のひとつは、
後宮の女性たちを交えた宮苑内の水辺であった、ということの傍証が、
曹植「七啓」によって示されたことを書いておきました。
同じことを、曹植「妾薄命」(『曹集詮評』巻5)も示唆してくれています。
それは、この作品中に見える次のような対句です。
仰汎龍舟緑波 振り仰いでは龍をかたどった舟を緑の波間に浮かべ、
俯擢神草枝柯 うつむいては霊草の枝を摘む。
「龍舟」は、宮苑内での舟遊びを詠ずる場面によく登場する語で、
そこにはしばしば、舟に乗り込む後宮の女性たちの姿が描かれています。*1
それと対を為して描写されているのが、霊草の枝を摘み取る所作です。
これは、次に示す古詩「渉江采芙蓉」の前半を想起させます。
渉江采芙蓉 江を渉って、ハスの花を摘む。
蘭沢多芳草 ながめれば、蘭の沢には香り草がたくさん生い茂っている。
采之欲遺誰 これらを摘んで、誰に送り届けようとするのか。*2
所思在遠道 思いを寄せるあの人は、はるかに遠い道を旅している。
この詩は、数ある古詩の中でも、原初的な位置を占めると目されるものです。*3
さて、前掲の曹植「妾薄命」の二句は、
「仰」「俯」という語で結びあわされているので、
舟遊びと、霊草を摘むこととが、同じ場での一連の動作なのだと知られます。
すると、宮苑内で舟遊びをする傍らで、
水辺の草花を折り取って、遠くにいる人へ贈る所作をする女性がいる、
そのような情景がこの曹植詩の二句から浮かび上がってきます。
曹植の楽府詩「妾薄命」は、
その中に、古詩が誕生した場を想起させる情景を織り込んでいると言えます。
それが、眼前に展開しているものか、それとも想像上のものかはわからないのですが。
2023年3月10日
*1 たとえば、班固の「西都賦」(『文選』巻1)に昆明池に浮かべる舟を描いて、「於是後宮乗輚輅、登龍舟(是に於て後宮は輚輅に乗り、龍舟に登る)」とある。
*2 『楚辞』九歌「山鬼」にいう「折芳馨兮遺所思(芳馨を折りて思ふ所に遺らん)」を踏まえる。原初的古詩は、『楚辞』の中でも九歌の辞句を集中的に取り込んでいる。
*3 数ある古詩から、どのようにして原初的古詩を抽出できるのか。詳細は、拙著『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、2013年)の、特に第二章第一節を参照されたい。