庭園の内から外へ

過日、曹植「浮萍篇」の冒頭句について、
これを寄る辺なき者の表象と見てもよいのだろうか、と記しました。
これについて、そのように見ることはできるかもしれない、と今は考えています。
それは、次に述べるような理由によります。

以前、曹植「情詩」(『文選』巻29)に見える対句、
「游魚潜淥水、翔鳥薄天飛(游魚は淥水に潜み、翔鳥は天に薄(せま)りて飛ぶ)」に、
彼の「公讌詩」(『文選』巻20)にいう次の対句、
「潜魚躍清波、好鳥鳴高枝(潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く)」を対置させ、

「情詩」に詠じられた魚と鳥は、
人間世界から離れた場所に身を移そうとしている点で、
「公讌詩」の魚や鳥が庭園内に遊ぶのとは対照的であることを指摘しました。

「浮萍篇」の冒頭に置かれた浮き草も、
鳥や魚と同じく、もともとは庭園内の池に漂う風物であったものです。
そのことは、過日こちらで示した曹丕「秋胡行」や何晏の詩から明らかです。

しかし、鳥や魚がその安穏の場から離脱したように、
浮き草も、園内の池からその外にある江湖に漂うことになったのを、
曹植が詩中で詠じたのだと見ることは不可能ではありません。
その解釈は、王褒「九懐・尊嘉」とその王逸注を踏まえるものとなります。

庭園内からその外へ、その居場所を移して漂う浮き草は、
魏王朝の成立と同時に封地に赴くことを命ぜられ、
以降、転々とその国を移されることとなった曹植と重なります。

しかも、それは王朝からの離脱ではなく、諸侯や王としての立場ですから、
「浮萍篇」の冒頭にいう「浮萍寄清水」と何ら矛盾しません。

2024年8月3日