徐幹とその「室思」詩

建安七子のひとりである徐幹は、
『中論』という著書を残した思想家として知られています。*1
そのためか、彼の残した詩はあまり顧みられることがないようです。

徐幹には「室思」「情詩」と題する作品があって、
艶っぽい詩歌ばかりを集めた『玉台新詠』の巻一に収載されています。
たとえば、その「室思」六章の其一は、次のような詩です。

沈陰結愁憂  暗く沈んだ気分の中で憂いの糸が結ぼれる。
愁憂為誰興  この憂いは誰のために生ずるのかといえば。。。
念与君相別  いつも気がかりでならないのは、あなたと別れて、
各在天一方  それぞれ天の一方に身を置いているということだ。
良会未有期  楽しい逢瀬はいつになるとも知れず、
中心摧且傷  胸の内は打ち砕かれ、傷の痛みにうち震えている。
不聊憂飧食  食事に困っているわけでもないのに、
慊慊常饑空  いつも飽き足らないようなひもじい思いだ。
端坐而無為  きちんと座って、何をすることもなく、
髣髴君容光  あなたの光り輝くお姿をありありと想い浮かべるばかりだ。

一例として挙げたこの作品は、男女の離別をテーマとする典型的な閨怨詩です。

そして、漢代詠み人知らずの詩歌から多くの表現を吸収しています。
表現上、端的にそのことが確認できる例を挙げるならば、

第3句「念与君生別」は、
『文選』巻29、「古詩十九首」其一にいう「行行重行行、与君生別離」や、
『玉台新詠』巻1、古詩八首其七にいう「悲与親友別、気結不能言」から、

第4句「各在天一方」は、
前掲「古詩十九首」其一にいう「相去万餘里、各在天一涯」や、
『文選』巻29、蘇武「詩四首」其四にいう「良友遠離別、各在天一方」から、

第5句「良会未有期」は、
前掲の蘇武「詩四首」其三にいう「行役在戦場、相見未有期」から、

第6句「中心摧且傷」は、
前掲の蘇武「詩四首」其二にいう「長歌正激烈、中心愴以摧」から、
インスパイアされているであろうことが見て取れます。

では、徐幹はどのような動機からこうした作品を作ったのでしょうか。
表向きには閨怨詩のかたちを取りながら、何かを訴え出ようとしているのでしょうか。
それとも、宴席での余興として遊戯的に閨怨詩を作っただけなのでしょうか。

そこのところがよくわからないのです。

曹植は「贈徐幹」詩を通して、清貧の中に埋もれた徐幹を励ましています。
劉楨の「贈徐幹」詩は、自身の苦境を理解してくれる友として徐幹を見ています。*2
そうした、徐幹を取り巻く他者の言葉から浮かび上がってくる徐幹と、
彼自身が詠ずる閨怨詩とはどのように交わるのでしょうか。

2026年3月17日

*1 思想家徐幹については、池田秀三「徐幹中論校注(上)(中)(下)」(『京都大学文学部研究紀要』23・24・25、1984・1985・1986年)、同氏による「徐幹の人間観」(『哲学研究』571、2001年)を参照。
*2 龜山朗「劉楨贈答詩論」(『中国文学報』47、1993年10月)を参照。