興平01年(194)40歳:巻9「夏侯惇伝」:張邈が反して呂布を迎えたとき、夏侯惇は、鄄城にいた曹操の家族のもとを軽装備で訪れる途上、呂布と出くわして交戦、濮陽で輜重を奪われ、人質となった。夏侯惇の将の韓浩は、敵方に赴き、大将救出のために大目に見ることはしないとして斬った。曹操、韓浩に「お前のこのやり方は万世の法とすべきだ」と言って、令を発し、人質をとって脅迫する者はみな撃つべし、人質に顧慮してはならぬ、と定めた。1-p.267*, 2-p.137** 只今、制作中です。