建安01年(196)42歳:巻12「崔琰伝」裴注引張璠『漢紀』:天子が許に都を置いてすぐの時、孔融は古代の制度に基づいた上奏を行った。当時は曹操と袁紹とどちらが覇権を握るかわからない頃だったが、孔融の上奏の内容は、時代の情勢を知らないものだった。また、孔融は曹操に古馴染みということでなれなれしく馬鹿にした態度で接した。曹操が禁酒法を制定した時も、孔融は書簡を送り、これを嘲笑した。曹操は外面では寛容な様子を見せたが、内心では我慢がならなかった。御史大夫の郗慮は、そうした曹操の気持ちを察して、法律で孔融を免職にした。2-p.372*, 2-p.400** 只今、制作中です。