建安02年(197)43歳:巻1「武帝紀」:袁術が淮南で皇帝を僭称しようと、人を遣って呂布に告げたところ、呂布は使者を捕え、その書簡を上に奉った。袁術は怒り、呂布を攻撃したが敗れた。秋九月、袁術が陳を侵略し、曹操はこれを伐ちに東征した。袁術は、曹操自らが来ると聞き、軍を捨てて敗走し、その将の橋蕤・李豊・梁綱・楽就を留めた。曹操は到着すると、蕤らを撃破して皆斬った。袁術は逃げて淮水を渡り、曹操は許に帰還した。1-p.15*, 1-p.036** 只今、制作中です。