「大曲」の編者(1)

曲調ごとに歌辞を並べる「清商三調」と違って、
「大曲」とはいわば組曲、その演奏様式による区分だと見られます。

「清商三調」と「大曲」とは、
このように次元を異にする歌辞群なので、
両者の間に幾つかの異質性が見い出せたとしても、
それが直ちに、それぞれの編者が別人であるという結論にはつながりません。

たとえば増田清秀氏は、昨日述べたように
何のためらいもなく「大曲」の編者を荀勗としていますが、
それはごく自然ななりゆきだとは言えると思います。
『宋書』楽志三において、
「清商三調」には「荀勗撰旧詞施用者」と記されているけれど、
隣接する「大曲」には何の記述も見えていないのですから。

では、なぜ「大曲」の編者が荀勗ではないかもしれないと疑われるのか。

先にこちらで、『楽府詩集』に引く『古今楽録』が、
荀勗による晋楽所奏の歌辞目録「荀氏録」に言及していることを述べました。

この「荀氏録」と「大曲」とを比べたとき、
それぞれに記された歌辞のほとんどは重なりません。
ところが、一篇のみ「羅敷・艶歌羅敷行」という例外があります。
この歌辞は、「荀氏録」に瑟調として記されていながら、
『宋書』楽志では、「清商三調」の瑟調ではなく、「大曲」として記録されています。

これはどういうことでしょうか。
この食い違いについて、もう少し考えてみます。

同じところを何度も行きつ戻りつしているようですが、
それは、まだ自分の中にある考えが形を成す以前の状態だということです。
ここは、頭の中にあることを現在進行形で書き出す場ですから、
これでよいのだと考えることにします。

2023年5月8日