「思無邪」の詩人

『論語』為政篇にある言葉、

子曰、詩三百、一言以蔽之、曰思無邪。
(子曰く、詩三百、一言以て之を蔽はば、曰く思い邪無し。)

曹植の詩を読めば読むほどに思い起こされるのが、
『詩経』の特質を、孔子が一言で言い表したこの言葉です。

『詩品』上品の曹植の項で、鍾嶸は曹植の詩を
「其源出於国風(其の源は国風に出づ)」と評していますが、
「国風」は、『詩経』の中でも特に「思無邪」の雰囲気の濃い詩群です。

この鍾嶸の評語は、表現的作風を言うばかりではなく、
その表現を生み出す作者の本質的為人をも包摂しているのではないでしょうか。

たとえば「贈白馬王彪」詩では、
自分と異母弟曹彪との間を裂く邪悪な者はあくまでも役人であって、
王朝の頂点に君臨しているはずの兄曹丕の方に憎悪が向かうことはありません。

「吁嗟篇」でも同じように、
彼は転々と封土を遷され、魏王朝に冷遇され続ける境遇の中で、
なおも骨肉の情を厚く信じ、我が身を滅ぼしてでも共にいたいと詠っています。

作品の基底にあるこの為人が、
感情においても言葉においても、高水準で均衡の取れた、
鍾嶸の絶賛する、曹植ならではの作風に結実しているのでしょう。

当初、私はそれを心から理解するということができませんでした。
どこかで、曹植は兄への不信感を募らせていたはずだと思い込んでいたのです。
実際、そう読めなくもない表現も散見します。

ですが、詩歌作品のほぼ全てを読んだ今、それは違うと感じています。
曹植の詩に散見する、兄曹丕に対する批判めいた言辞も、
その底に流れる感情にもっと耳を澄ませる必要があると考えます。

もっとも、辞賦や散文にも目を通し終わった時、
曹植文学の全体像は、更にまた形を変えているかもしれません。

2026年1月29日