05-25 吁嗟篇

05-25 吁嗟篇  吁嗟篇

【解題】
自身の寄る辺なさを嘆く歌。こうした曹植の境遇は、たとえば「遷都賦序」(08-12)にも「余初封平原、転出臨菑、中命鄄城、遂徙雍丘、改邑浚儀、而末将適於東阿。号則六易、居実三遷。連遇瘠土、衣食不継(余は初め平原に封ぜられ、転じて臨菑に出で、中に鄄城に命ぜられ、遂に雍丘に徙り、邑を浚儀に改め、而して末には将に東阿に適かんとす。号は則ち六たび易はり、居は実に三たび遷る。連なりて瘠土に遇ひ、衣食は継せず)」と述べられている。『三国志(魏志)』巻十九・陳思王植伝の裴松之注には、「植常為琴瑟調歌(植は常に琴瑟調を為して歌ふ)」としてこの歌辞を引くが、『楽府詩集』巻三十三は、初唐の呉兢『楽府解題』に「曹植擬苦寒行為吁嗟(曹植は「苦寒行」に擬して「吁嗟」を為す)」とあることに拠り、本作品を清調曲「苦寒行」の系列に配す。『太平御覧』巻五七三は「琴調歌」、宋の呉棫『韻補』巻二は「瑟瑟歌」として引き、『詩紀』巻十三、『藝文類聚』巻四十二は「吁嗟篇」とする。

吁嗟此転蓬  吁嗟(ああ)此の転蓬、
居世何独然  世に居ること何ぞ独り然るや。
長去本根逝  長く本根を去りて逝き、
宿夜無休間  宿夜 休間無し。
東西経七陌  東西に七陌を経、
南北越九阡  南北に九阡を越ゆ。
卒遇回風起  卒(にはか)に回風の起こるに遇(あ)ひ、
吹我入雲間  我を吹きて雲間に入らしむ。
自謂終天路  自ら天路を終へんかと謂へば、
忽然下沈淵  忽然として沈淵に下る。
驚飆接我出  驚飆 我を接(むか)へて出だし、
故帰彼中田  故(かへ)って彼の中田に帰せしむ。
当南而更北  当(まさ)に南せんとして更に北し、
謂東而反西  東かと謂へば反って西す。
宕宕当何依  宕宕として当(は)た何にか依るべき、
忽亡而復存  忽として亡びんとして復た存す。
飄颻周八沢  飄颻として八沢を周(めぐ)り、
連翩歴五山  連翩として五山を歴たり。
流転無恒処  流転して恒なる処無し、
誰知吾苦艱  誰か吾が苦艱を知らんや。
願為中林草  願はくは中林の草と為り、
秋随野火燔  秋 野火に随ひて燔(や)かれんことを。
糜滅豈不痛  糜滅するは豈に痛まざらんや、
願与根荄連  願はくは根荄と連ならんことを。

【押韻】然・泉・連(下平声02仙韻)、間・間・山・艱(上平声28山韻)、阡・田(下平声01先韻)、存(上平声23魂韻)、燔(上平声22元韻)。西(上平声12斉韻)。

【通釈】
ああ、この転がってゆく蓬よ、世の中に居るのに、どうしてお前だけがこうなのだ。長い間、もとの根っこを離れて行ったきり、朝から晩まで、休む間もない。東西に、七本のあぜ道を通り過ぎ、南北に、九本のあぜ道を超えてゆく。そこへ突然、つむじ風が起こるのに遭遇し、私は雲の間に吹き入れられた。自分では天上の道を終点まで行くと思っていたら、唐突に深い淵の底へ下される。そこに突風が逆巻いて、私を迎えて連れ出して、わざわざかの田畑の中に帰してくれた。きっと南へ行くのだろうと思えば、更に北方へ赴かせられ、東かと思っていたら、逆に西へ向かうこととなる。あちらこちらと流浪して、いったい何を頼りにすればよいのだろう。もうここまでかと思えば、また息を吹き返す。ひらひらと域外の八つの湖沼を巡り、せっせと翼を動かして域内の五つの山を歴遊する。流転を重ねて安住の地を持てない、この私の苦しみを誰が分かってくれようか。できることならば林の中の草となり、秋の日、野火に身をゆだねて焼かれたい。ぼろぼろに焼けただれて滅びることに、痛みを感じないわけがないけれど、ただ願うのは、もとの根っこに連なりたいということなのだ。

【語釈】
○吁嗟 ああ。感嘆詞。『楚辞』卜居に「吁嗟黙黙兮、誰知吾之廉貞(吁嗟黙黙たり、誰か吾の廉貞を知らんや)」と。
○転蓬 風に吹かれて転がってゆく蓬。『説苑』敬愼に、祖国を離れた魯の哀侯が自らの境遇を喩えて、「是猶秋蓬悪於根本而美於枝葉、秋風一起、根且抜矣(是れ猶ほ秋蓬の根本を悪くして枝葉を美しくし、秋風一たび起こらば、根は且(まさ)に抜けんとするがごとし)」と。「雑詩六首」其二(04-05-2)にも「転蓬離本根、飄颻随長風(転蓬 本根を離れ、飄颻として長風に随ふ)」と。
○居世 王逸『楚辞章句』卜居の序に「卜己居世何所宜行(己の世に居るに何れの所にか宜しく行くべきかを卜す)」とあるのを踏まえる。
○長去本根逝 類似表現が「雑詩六首」其二に見える。前掲「転蓬」語釈を参照。
○宿夜 「夙夜」に同じ。朝早くから夜遅くまで。
○東西経七陌、南北越九阡 「陌」「阡」は、田畑のあぜ道で、ここではそれぞれ南北に走るもの、東西に走るものをいう。「送応氏二首」其一(04-04-1)にも「側足無行径、荒疇不復田。遊子久不帰、不識陌与阡(足を側つるに行径無く、荒疇復びは田されず。遊子久しく帰らず、陌と阡とを識らず)」と。
○卒遇回風起、吹我入雲間 「回風」はつむじ風。類似句として、「雑詩六首」其二(04-05-2)に「何意迴飆挙、吹我入雲中(何ぞ意はん迴飆挙がり、我を吹きて雲中に入らしめんとは)」と。
○天路 天上の道。「雑詩六首」其二(04-05-2)にも「高高上無極、天路安可窮(高高として上ること極まり無し、天路 安くんぞ窮む可けんや)」と見える。
○沈淵 深い淵の底。「淵」字、底本は「泉」に作る。唐の太宗李淵の諱を避けたためだろう。今、『魏志』本伝などに拠って改める。
○驚飆 突然巻き起こるつむじ風。突風。
○故 「乃」とほぼ同義。王引之『経伝釈詞』巻五を参照。かくして思いがけなくも。
○中田 田畑の中。
○宕宕当何依 「宕宕」は、「蕩蕩」に音義通ず。寄る辺なく不安定なさま。底本はあまり用例のない「宕若」に作る。字形の類似による誤りか。今、『魏志』裴注等に拠って改める。「当何依」の「当」は、いったい。下に疑問詞を伴う。「七哀詩」(05-03)にも「君懐良不開、賤妾当何依(君が懐 良に開かずんば、賤妾は当た何にか依らん)」と。
○飄颻 風に吹かれてひるがえるさま。畳韻語。
○八沢 中国域外にある八つの沢。『淮南子』地形訓に「九州之外、乃有八殥、亦方千里。自東北方曰大沢、曰無通。東方曰大渚、曰少海。東南方曰具区、曰元沢。南方曰大夢、曰浩沢。西南方曰渚資、曰丹沢。西方曰九句、曰泉沢。西北方曰大夏、曰海沢。北方曰大冥、曰寒沢。凡八殥八沢之雲、是雨九州(九州の外、乃ち八殥有り、亦た方千里。東北方より大沢と曰ひ、無通と曰ふ。東方を大渚と曰ひ、少海と曰ふ。東南方を具区と曰ひ、元沢と曰ふ。南方を大夢と曰ひ、浩沢と曰ふ。西南方を渚資と曰ひ、丹沢と曰ふ。西方を九句と曰ひ、泉沢と曰ふ。西北方を大夏と曰ひ、海沢と曰ふ。北方を大冥と曰ひ、寒沢と曰ふ。凡そ八殥八沢の雲、是れ九州に雨ふらす)」と。
○連翩 鳥などが絶え間なく羽を動かして飛ぶさま。畳韻語。
○五山 中国域内にある五つの山。『史記』巻十二・孝武本紀に、天下八名山のうち、五つは中国にあるとして華山・首山・太室・泰山・東莱を挙げ、「此五山黄帝之所常遊与神会(此の五山は黄帝の常に遊びて神と会する所なり)」と。また別に、『後漢書』巻二十八下・馮衍伝下にいう「疆理九野、経営五山(九野を疆理し、五山を経営す)」の李賢等注には、「五山、即五岳也(五山とは、即ち五岳なり)」とあり、五岳とは、泰山・華山・衡山(あるいは霍山)・恒山・嵩山をいう。
○流転無恒処 前掲注『史記』に見える黄帝ならば、同巻一・五帝本紀に「遷徙往来無常処(遷徙往来して常処無し)」とあるように、「流転」に悩み苦しむことはないだろう。
○誰知吾苦艱 「苦艱」は、悩み苦しむこと。「艱苦」と同義。押韻の関係上、上下の字を入れ換えたか。一句は、前掲注「吁嗟」に示した『楚辞』卜居にいう「誰知吾之廉貞」を踏まえる。
○中林 林の中。
○野火 枯草を燃やすため原野に放たれる火。『史記』巻一二八・亀策列伝に「野火不及、斧斤不及、是為嘉林(野火も及ばず、斧斤も及ばず、是れ嘉林為り)」と。
○糜滅 ぼろぼろに砕かれて滅びる。双声語。
○根荄 根っこ。「根」字、底本は「株」に作る。今、『魏志』裴注等に拠って改める。