兄への忠誠心

こんばんは。

本日、曹植「雑詩五首」其四(『玉台新詠』巻2)の訳注稿を公開しました。

本詩に詠じられた「佳人」は誰を指しているのか。
昨日触れたこの問題について、かいつまんで説明したいと思います。

閨怨詩のスタイルを取るこの詩の中で、
妻が自らの境遇をたとえていう「寄松為女蘿」、
これは、『詩経』小雅「頍弁」に見える次のフレーズを踏まえたものです。

豈伊異人 兄弟匪他  どうして赤の他人と飲むものか、他でもない、兄弟なのだから。
蔦与女蘿 施于松柏  蔦や女蘿が松柏にまつわるように、弟は兄に身を託す。
(続く一段にも「豈伊異人、兄弟具来。蔦与女蘿、施于松上」とある。)

「女蘿」と言えば、『文選』巻29「古詩十九首」其八に、

与君為新婚    あなたと結婚したばかりの私は、
兎絲附女蘿    まるでネナシカズラがヒカゲノカズラにまつわるようです。

とあることが想起されますが、
曹植の詩では、「女蘿」が「松に寄せて」いますから、
直接的には前掲の『詩経』を踏まえていると見て間違いありません。

その『詩経』に、女蘿と松とが、兄弟の絆の深さを喩えるものとして登場しています。
そして、曹植「雑詩」にいう「佳人」と「妾」とは、言うまでもなく「佳人」の方が上位者です。
そうしてみると、曹植のいう「佳人」は、兄を指すということになるでしょう。

また、本詩中に見える「蘭芝」は、治世の安定に感応して生ずる霊草です。
すると、「佳人」と称される兄は、魏の文帝として即位して後の曹丕と見るのが妥当です。

更に、「君豈若平生(君豈に平生の若くならんや)」とあるので、
本詩の成立は、曹操が存命中で、彼ら兄弟がまだ若かった建安年間とは考えにくいでしょう。

最後の方の「束身奉衿帯」「永副我中情」といった句は、
文帝曹丕への絶対服従を余儀なくされていた黄初年間の曹植を彷彿とさせます。

以上を要するに、
曹植のこの「雑詩」は、文帝曹丕を夫に、自らを妻に見立て、

閨怨詩の枠に借りて、兄文帝への忠誠心を詠じた詩だと判断されます。
その忠誠心なるものは、多分に外圧的な矯正を受けて成ったもののようですが。

2020年7月10日