04-17-1 閨情 二首(1)

04-17-1 閨情  閨情(1)

【解題】
夫との離別を悲しみ、愛情の復活を希求する女性の心情を詠じる閨怨詩。同時に、兄である文帝曹丕に対する思いをも重ねる。『玉台新詠』巻二所収「雑詩五首」其四。『藝文類聚』巻三十二「閨情」に「魏陳王曹植詩」として収載。本集の詩題はここに由来するのだろう。元来は、『玉台新詠』に記すように「雑詩」と称せられていたと思われる。

攬衣出中閨  衣を攬りて中閨を出で、
逍遥歩両楹  逍遥して両楹を歩む。
閑房何寂寞  閑房 何ぞ寂寞たる、
緑草被階庭  緑草 階庭を被(おほ)ふ。
空室自生風  空室 自ら風を生じ、
百鳥翔南征  百鳥 翔けて南征す。
春思安可忘  春思 安んぞ忘る可けんや、
憂戚与我并  憂戚 我と并(あは)さる。
佳人在遠道  佳人 遠道に在り、
妾身独単煢  妾身 独り単煢なり。
歓会難再遇  歓会 再びは遇ひ難し、
蘭芝不重栄  蘭芝 重ねては栄えず。
人皆棄旧愛  人は皆 旧愛を棄つ、
君豈若平生  君 豈に平生の若くならんや。
寄松為女蘿  松に寄せて女蘿と為り、
依水如浮萍  水に依りて浮萍の如し。
束身奉衿帯  身を束(つか)ねて衿帯を奉じ、
朝夕不堕傾  朝夕 堕傾せず。
儻終顧盼恩  儻(も)し顧盼の恩を終へば、
永副我中情  永く我が中情を副(そ)はしめん。

【通釈】
衣を手に取り、奥の部屋を出て、二つの柱の間をさまよい歩く。ひっそりとした脇部屋のなんともの寂しげなことだろう。緑の草が、階や庭一面を被って繁茂している。空っぽの部屋には自ずから風が立ち、たくさんの鳥たちが羽ばたいて南の方へ飛んでゆく。あなたを思う気持ちはどうして忘れることができましょう。憂い悲しみが私とひとつになって気持ちがいっぱいになります。良き人は遠い道の彼方にいて、私だけがぽつんとひとりぼっちです。楽しかった逢瀬には再びめぐり合うことは難しく、めでたき蘭や霊芝も重ねて花開くことはありません。人は皆、昔からの情愛を捨て去ってしまうものですから、あなたもどうして昔のようであられましょう。私は、松に身を寄せるヒメカズラ、水に身を委ねる浮草のようです。身を慎んで妻の道に励み、朝な夕なに落ち度がないよう努めます。もしも最後まで目をかけてくださったならば、永遠に私の真心を尽くしておそばにお仕えいたします。

【語釈】
○攬衣 『文選』巻二十九「古詩十九首」其十九にいう「憂愁不能寐、攬衣起徘徊(憂愁して寐ぬる能はず、衣を攬りて起ちて徘徊す)」を踏まえる。
○中閨 「閨」の中。「閨」は、寝室、あるいは宮中の奥の小さい門。『爾雅』釈宮に「宮中之門謂之闈、其小者謂之閨(宮中の門 之を闈と謂ひ、其の小さき者 之を閨と謂ふ)」、『楚辞』離騒に「閨中既以邃遠兮、哲王又不寤(閨中は既に以て邃遠にして、哲王は又寤めず)」と。
○逍遥 ぶらぶら歩く。畳韻語。
○両楹 二本の柱の間。『楚辞』九歎「愍命」に「戚宋万於両楹兮、廃周邵於遐夷(宋万に両楹に戚(した)しみ、周邵を遐夷に廃す)」、王逸注に「楹、柱也。両楹之間、戸牖之前、尊者所処也(楹は、柱なり。両楹の間、戸牖の前は、尊者の処る所なり)」と。
○閑房 ひっそりとした部屋。「房」は、母屋の左右に張り出した小部屋。
○寂寞 人気がなくて物寂しいさま。
○空室自生風 宋玉「風賦」(『文選』巻十三)に「空穴来風(空穴は風を来す)」を念頭に置いた表現。「室」字、底本は「穴」に作る。今、『玉台新詠』に従う。
○春思 春の物思い。女性の男性への思慕をいう。『毛詩』豳風「七月」に「春日遅遅、采蘩祁祁、女心傷悲、殆及公子同帰(春日遅遅たり、蘩を采ること祁祁たり、女の心は傷悲し、殆(はじ)めて公子と同(とも)に帰らん」)」、鄭箋に「春女感陽気而思男(春の女は陽気に感じて男を思ふ)」と。
○憂戚与我并 「憂戚」は、憂愁。「我」字、底本は「君」に作る。今、『玉台新詠』に従う。
○佳人在遠道 「佳人」は良き人。夫、あるいは君主を指す。『楚辞』九章「悲回風」に「惟佳人之永都兮(佳人の永都を惟ふ)」、王逸注に「佳人、謂楚懐王也(佳人とは、楚の懐王を謂ふなり)」と。一句は、「古詩十九首」其六にいう「所思在遠道(思ふ所は遠道に在り)」を踏まえる。
○独単煢 「独単」、底本は「単且」に作る。今、『玉台新詠』に従う。「単煢」は、ひとりぼっち。
○歓会難再遇、「遇」、底本は「逢」に作る。今、『玉台新詠』に従う。一句は、『文選』巻二十九、李陵「与蘇武三首」其二にいう「嘉会難再遇(嘉会は再びは遇ひ難し)」を踏まえる。
○蘭芝 蘭草と霊芝。めでたい時に生ずる。王延寿「魯霊光殿賦」(『文選』巻十一)に「朱桂黝儵於南北、蘭芝阿那於東西(朱桂は南北に黝儵として、蘭芝は東西に阿那たり)」、李善注に引く『礼斗威儀』に「君乗金而王、其政平、則蘭芝常生(君は金に乗じて王たり、其の政平らかなれば、則ち蘭芝常に生ず)」と。底本は「芝蘭」に乙す。今、『玉台新詠』によって改める。
○平生 往年。
○寄松為女蘿 「女蘿」は、ヒカゲノカズラ。松に寄生する。『毛詩』小雅「頍弁」にいう「豈伊異人、兄弟匪他。蔦与女蘿、施于松柏(豈に伊(こ)れ異人ならんや、兄弟にして他に匪(あら)ず。蔦と女蘿と、松柏に施(し)く)」を踏まえる。
○依水如浮萍 『楚辞』九懐「尊嘉」にいう「窃哀兮浮萍、汎淫兮無根(窃かに浮萍を哀しむ、汎淫して根無きを)」を意識する。同じ発想の句として、[05-28 浮萍篇]に「浮萍寄清水、随風東西流(浮萍清水に寄せ、風に随ひて東西に流る)」と。
○束身 身を束ねて恭順の姿勢を取る。「束」、底本は「齎」に作る。今、『玉台新詠』によって改める。
○奉衿帯 妻としての道に勉めよとの教えを遵守する。『儀礼』士昏礼に「母施衿結帨曰、勉之敬之、夙夜無違宮事(母は衿を施し帨を結びて曰く、勉めよや敬しめよや、夙夜宮事を違ふこと無かれと)」、『詩経』豳風「東山」に「之子于帰、皇駁其馬、親結其縭、九十其儀(之の子于に帰す、皇駁なる其の馬、親其の縭を結び、其の儀を九十す)」と。「縭」を帯と解釈するのは韓詩である(『文選』巻十五、張衡「思玄賦」李善注に引く『薛君韓詩章句』)。王先謙『詩三家義集疏』巻十三を参照。
○顧盼 振り返って目をかける。
○中情 心中。真心。『楚辞』離騒に「荃不察余之中情兮、反信讒而〓怒(荃(きみ)は余が中情を察せず、反って讒を信じて〓[齊+火]怒す)」と。