曹植「情詩」のわからなさ

曹植「情詩」はわかりにくい、とは昨日も書いたところです。
では、この詩はなぜわかりにくいと読者に感じさせるのでしょうか。

話の便宜上、以下に原文と訓み下しのみを再掲します。
語釈など、詳細については訳注稿をご覧いただければ幸いです。

01 微陰翳陽景  微陰 陽景を翳(おほ)ひ、
02 清風飄我衣  清風 我が衣を飄(ひるがへ)す。
03 游魚潜淥水  游魚は淥水に潜み、
04 翔鳥薄天飛  翔鳥は天に薄(せま)りて飛ぶ。
05 眇眇客行士  眇眇たる客行の士、
06 遥役不得帰  遥役して帰るを得ず。
07 始出巌霜結  始めて出でしときは巌霜結び、
08 今来白露晞  今来れば白露晞(かは)く。
09 遊子歎黍離  遊子は「黍離」を歎じ、
10 処者歌式微  処る者は「式微」を歌ふ。
11 慷慨対嘉賓  慷慨して嘉賓に対し、
12 悽愴内傷悲  悽愴して内に傷悲す。

2句目にいう「我」は、この詩を詠じている人です。
詩の末尾で、深い悲しみとともに、賓客を相手に悲憤慷慨するのも同じ人だと見られます。

そして、この人は、5句目の「客行士」とおそらくは重なるでしょう。
前述の「我」は、第1句、第3・4句に挟まれて、この文脈の中にあることは明らかですが、
この第1句、第3・4句の発想は、古詩「行行重行行」を彷彿とさせるものであって、
その古詩の中に、こうした旅人が中心的に詠じられているからです。
この「客行士」は、9句目の「遊子」とも重なるでしょう。

ではなぜこの詩は「我」でもって一篇を貫徹せず、
途中で第三者の様子を描写するかのような視点を取るのでしょうか。

漢代詩歌に常套的な、遊子と孤閨を守る妻というテーマに沿って詠ずるためだけなら、
たとえば「雑詩六首」其三のように、一篇まるごと古詩の世界に則ってもよかったはずです。
それなのに、この詩では「我」と「遊子」とが分裂したかたちで登場します。

更に、この遊子にはある種のニュアンスが賦与されています。
それは、讒言によって祖国を追われた屈原のイメージで、
このことは、『楚辞』作品を踏まえた表現が本詩中に散見することから明らかです。

加えてよくわからないのが、第9・10句で『詩経』そのものが歌われていることです。
典故表現によって、「遊子」や「処者」のふるまいや心情を詠じるのではなく、
直接彼らが『詩経』中のある篇を歌うという設定になっているのです。
『詩経』本文の辞句のみならず、その主題(小序)をも響かせようとして、
このような表現を取ることとなったのでしょうか。

語句の意味はわかっても、なぜそのような表現手法を取ったのかが不分明、
そんなわからなさがこの詩には多いから、なにか釈然としないものが残るだとわかりました。

2020年7月4日