現在の研究内容

三国・魏の時代、中国の文学は新しい局面を迎えました。
具体的に言えば、五言詩というジャンルが文壇の表に躍り出たこと、
そして、その五言詩に、詩人が自身の個人的な思いを込めるようになったことです。
西暦3世紀に生起したこの作風は、それ以前の漢代には希薄なものでした。

では、そうした新しい文学的潮流は、どのような経緯で起こったのでしょうか。

私はかつて、古詩と総称される詠み人知らずの五言詩を中心に取り上げ、
漢代、五言詩歌は、宴席という場で生成展開してきたという視点を提起しました。
そして、古詩の成立時期やその古楽府との関わりについて、新しい見方を示しました。
 *詳細については、拙著『漢代五言詩歌史の研究』(創文社、2013年)をご覧ください。

現在取り組んでいる研究は、
かつて重ねてきた研究を発展的に継承し、
先に述べた魏の文学の画期性を究明しようとするものです。

すなわち、宴席という場に着目して、
まず、魏の文学を、漢代文芸からの連続性という視点から捉え、
その上で、人々の集う場と、そこから外れてゆく個人的感懐との分岐点を探るのです。

具体的には、魏の時代を代表する曹植の文学に取り組んでいます。
曹植作品を取り上げるのは、この時代としては最も多くが伝存しているからです。

彼の作品を精読し、
その読解には必須となる、彼の足跡、境遇の変化を精確に探り出し、
こうした基礎研究を土台に、彼の文学の新しさが何を契機として生まれたのかを究明します。

更には、彼の作品が具体的な場や人間関係を越えて伝播していく様をたどります。

もし、あるひとりの人の言語表現が、
直接的に面識があるわけではないある人に受けとめられ、
それがまた別の誰かに受け渡されていった形跡が認められるならば、
それはもはや、場というものにしばりを受ける宴席文芸の域を脱しているでしょう。
そこに、現代にも通用する意味での「文学」が誕生したと言えるのではないかと考えます。

2023年9月27日
柳川順子